【ちょっと怖い話:お客様】
Aさんは、老舗の漬物屋さんに嫁ぎました。
お義母さんは、いつも和服を着て、背筋がピンとした方で、Aさんは随分緊張しましたが、一緒に暮らしてみると気さくで明るい人でした。
結婚して十数年が経ちました。
二人の子供の母親となったAさんは、その日、次男を幼稚園に迎えに行っていました。
帰宅して、Aさんは首を傾げました。
いつも玄関まで迎えの出るお義母さんが出てきません。几帳面な人ですから、外出するならAさんに一言あるはずです。
それに家には人の気配があります。
「お義母さん?」
Aさんは奥の客間を何気なく覗きました。
そこにお義母さんがいました。
滅多に出さないお客様用の座布団を前にしてニコニコと微笑んでいます。
「どうしたのですか?」
そう尋ねると、
「お客様なんですよ」
そう答えて微笑んでいます。Aさんはお客様が見えられると思って、お茶菓子を用意していました。ところが、その日来客はありませんでした。
夕食の時、「お客様は見えられなかったですね」と言うと、お義母さんはニコニコし
て「いいえ。見えられましたよ」と答えました。
Aさんは首を捻りました。次男を迎えに言ったのはほんの小一時間です。その間にお客様が来たとは思えませんでした。
月に一度、お義母さんは客間に座り、お客様用の座布団を前に座るようになりました。誰も来ないのですが、尋ねると決まって「来られましたよ」の返事が返ってきます。
Aさんは不気味になりました。
毎月二三日にその儀式が繰り返されます。呆けたのかとも思いましたが、お義母さんはかくしゃくとしています。旦那さんに相談しても、首を捻るばかりで、どうも問いただす気になりません。
Aさんは客間に行くのが恐ろしくなりました。
ある二三日の日、Aさんは気になって客間を覗きました。ぞっとしました。座布団が増えています。一二枚の座布団が並べてあります。お義母さんは小用に立ったのか、姿がありません。
客間に明かりはなく、薄暗い中、線香の香がしました。なにやら人の気配もありま
す。
Aさんは恐る恐る客間に入ると、そっとお客様用の座布団に触れました。人肌の温もりがありました。Aさんは後ずさるようにして廊下に出ました。そして悲鳴を上げました。
お義母さんが無言で立ってAさんを見下ろしていました。お義母さんはニコニコしながら「お客様ですよ」と言いました。
その夜、お義母さんは、急にむせ込み出して救急車で運ばれ、帰らぬ人となりました。
四九日が終わるまでの間、客間には多人数の気配が消えなかったそうです。
Aさんは誰が来ていたのか想像したくないと言っていました。
97/01/13(月)