八百比丘尼
PITさんのお話。
大分昔に観た夢です。
どうも、戦国時代の様で、敵が目前までせめてきており、明日には
撃って出なければ皆殺しと言うとき、村の評判を聞き八百比丘尼の占
いを受けてみようと思ったのも、気弱になっている為だったかもしれ
ない。
鬱蒼とした森の中、細い川にかかった小さな橋のから続く石段の向
こうに社の様なものがあり、人の気配がする。どうやらここらしい、
近習の者と上がると、そこには年の頃なら25位の女性が座っていた
。こちらが名乗るより先に、「明日の事でしょうか」と言われ、度肝
を抜かれ只頷くと、「そう、これより雨になります。河原に休む敵に
は殿の馬脚の音は聞こえぬでしょう。大丈夫、お勝ちになりますよ」
と言われ放心していると「これは、妾としたことが。お上がりになり
ませんか」水を向けられて幸いに「ではお邪魔しよう」ということに
なった。
記憶では、石段の前の川は蛇行して社の右側に流れている様で始終
せせらぎが心地よい。狭い社の中、近習の者と座りながら「八百比丘
尼殿は、人魚の肉を喰ろうて不死になったと聞くが、誠か?」と聞く
と、良く聞かれる事なのか顔色も変えずに「いいえ、人魚の肉ではご
ざいません。それに、妾も何時かは死にまする」と言う。
「それは、伝え聞いた事とは違う様だ。どういう仔細なのか、お聞
かせ願えぬか」と純粋に興味が湧いた。
しばらく、合わせていた目を、いつか遠くへ結びながら「話せば、
長う事になりますが。・・・・そう、何かの縁かもしれません」と言
い、いつか僧籍に入った経緯などから順番に告白するかの様に話し出
した。
「その年は、酷い凶作でした。どこも葬られるあてのない躯がある
有様でした。その村にたどり着いた時も飢えで足下がおぼつかなくな
っておりましたっけ」
行脚の旅をしている内、仲間は次々と倒れ結局最後の一人になって
しまい、行き倒れ寸前たどり着いたその村は、何故か少ない食料を分
けて歓待してくれたのだと言う。「あの時、おかしいと思わなかった
の若気の至りでしたが、出された何かの肉につい口を付けてしまった
のはしかたのない事でした。」
食事が終わると、村人達は山に住む山姥の調伏を頼んできたと言う
。「最初は断ったのです、体力もありませんでしたし、山姥と言う話
もなにか嘘の様な気がして、ですが」。村人達は追いつめられている
らしく、結局訳を話し出した。
この村の鎮守の森に神社があり、神主親子が住んでいた。村の信仰
はあまり濃くはなかったが、それなりにその関係はうまくいっていた
。だが、折からの凶作で、餓死者が出る段になると、どこからか神主
が食料を隠していると言う話が昇り始め、いつか爆発してしまったと
の事だった。結局、女房だけが逃げられ、神主と乳飲み子は殺されて
しまった。
その女房が、御神刀を持ち出し山に籠もって鬼女になったとの事だ
った。
「結局、神主親子は食べられる草などで飢えを凌いでいただけだっ
た様です」比丘尼は続ける。
「だが断る事も、逃げる事も出来たはず・・・」おなごに頼る意味
がそこにはくみ取れなかったので聞いてしまった。
「左様でございます。ですが、その頃別の地で怨霊調伏をしたのが
ここまで知れ渡っておりまして、それに・・・」
「それに?」
「・・・今口にしたのは、あの時のややの肉だと・・・」
夢の中なのに、胃に胆汁がこみ上げてきたのが判る様だった。
「あの後、女房は様子を見に降りてきたそうです。そこで、ややの
肉を喰らう村人を見てしまい、狂って鬼女になったとか・・・」
「調伏、いえ、死闘は三日三晩続きました」躯になった女房は鬼女
でもなんでも無く、骨と皮に痩せた只の女だった。
「・・・ややの匂いがする・・・」躯になった女が話し出したと言
う「喰ろうたな・・・そなた」体中が氷の様に冷たくなった気がした
という。
「八百万の神一人一人が許すまで八百年、生きて地獄を見るが良い
と、呪いをかけられてしまいました・・・」
いつの間にか降り出した雨が軒を叩きだした。
「あぁ、お忙しい殿をお引き留めしてしまいました」と空を仰ぐと
もう、陽は暮れだしていた。
「・・・長居をしてしまった」と立ち上がりかけて、ふっと「話の
礼に私が比丘尼殿の首、落として差し上げるのは如何だろうか」
それを聞くと、明るく微笑むと次第に眉ねを寄せて泣き顔になって
いった「・・・首だけになって、朽ちる我が身を見るのは辛うござい
ます」と言い「全ては乱世のせい、乱世を御治めください」と消え入
る様な声で言うと、社に戻っていった。