【奇妙な話】昼寝


  もうかれこれ20年以上前のお話です。
 彼は生粋のライダーでした。友人たちがコンパやデートに励むのを後目に彼はもっ
ぱらバイクを磨き、ツーリングにいそしみました。
 バイクと言っても彼の愛車はオフロードタイプでした。
 舗装された道路を走るのではなく、河原や山肌を走る趣味色の濃いモノです。
 その当時はかなりマイナーなものでしたので、自然と単独でのツーリングが増えて
いきました。
 さて、初夏の事です。
 彼は例によって一人でバイクを走らせました。場所は葛城山中です。
 山道を走り、彼は野原にバイクを停めて昼食を取る事にしました。その野原の中央
には丁度ダブルベッド程の大きさの黒い石がありました。
 彼はその上でおにぎりを食べ、横になりました。
 初夏とは言え、真夏並に暑い日でしたが、その岩は丁度木陰となり心地よい風が吹
き込みます。
 彼はついその石の上で微睡みました。
 彼は清流の底で微睡む夢を見ました。ひんやりと心地よい水はエメラルド色に見え
ます。鮎でしょうか? 美しい流線型の魚が陽の光を鱗に反射させてひらりと泳ぐ様
が幻影のようです。

 目覚めると陽が傾いています。彼は寝過ごしたと頭を掻きながら岩の上で身を起こ
しました。そして、命の次に大事なバイクが消えているのに気付きました。ディパッ
クもありません。
「やられた!!」と地団駄を踏みましたが、どうしようもありません。徒歩で山を下
り、ようやくタクシーを拾い家へたどり着いた時は深夜となっていました。
 家は妙に暗く静かに感じました。
 何か気後れのようなものを感じましたが、待たせてあるタクシーに支払いをせねば
なりません。
 呼び鈴を押すと、のそりとお母さんが出て来ました。
 お母さんは彼の顔を見るなり幽鬼のような顔になり、「ひゆぅ〜」と笛のような悲
鳴を上げると卒倒したそうです。

 彼が山中でバイクと荷物のみを残して失踪してから二年が過ぎていたのです。
 

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