【怪談】 いつもと違った金縛り

あさぼんさんのお話。


今は、もう呆れるくらいに金縛りとは無縁となりましたが。
何年か前までは、それでもそれに近い経験は幾度かありました。
といっても、いつも不思議と根源的恐怖を感じたことはありませんでした。
そのため、所謂身体疲労からくる生理現象の方であろうと見なしてました。
くわえて、うろ覚えの般若心経の冒頭を唱え、ふりしぼるように何とか声を
発することでラクになれるパターンが出来ておりタカを括ってもいました。

それが。あの夜だけは始まりからなにかが違っていました。
いきなり、目の前には灰色の煙のようなモヤが現われていました。
自分が覚醒していることを、まず再確認して。
うろたえると同時に感じていた恐怖は初めての種類のものでした。
なぜなら、それまで一度ですら金縛りの際、なにかをみたり感じたり
したことがなかったからです。それだけが救いとなっていましたから。

眼は開いています。それが夢かも、という逃げ道を奪いました。
その灰色のもわもわには、実はいくつもの目鼻のような穴が開いていおり
たくさんの無表情な遠い眼をした顔に見つめられているようでした。
もちろん相変わらず金縛りのままです。
あまりの恐怖で、しばらくなすがままになってもいたようです。

たぶん。やっとのことで般若心経の最初のフレーズを心のなかで
唱えたとき、その瞬間だったでしょうか。
今度は目の前がまぶしいくらいの白い光りで一杯となりました。

そして。その眼もくらむような光りのなかには、ひとりの女性が
立っていました。まるで観音さまのようでした。
右手は曲げられ胸のあたりで掌を優しく上にむけられてました。
左手は柔らかくすっと下のほうは伸ばされてました。
たぶんどちらかか、もしくはどちらもだったかもしれませんが
確かに彼女は印らしきものを結んでいました。
優しいかおをしたひとでした。

自分が目覚めていることを、またしても確認しつつも、
もうなにがなんだかじぶんには手に負えない状態に陥っていました。
ただ、不思議と恐怖はまったくもって消え、安心感で充たされており
“ああ、これでもう大丈夫だ..”という確信にすぐに変わりました。
もちろん、身体がラクになったことはいうまでもありません。

まるで観音のようにも思えた女性はやがて消え。
目の前にはいつも見慣れた部屋の壁であり天井があるだけでした。

いったいあれはなんだったんだろう?とも考えたものの。
後日どこかで見かけた、所謂“悲母観音”?によく似ていたため
その脈路の無さかげんに、頭をかかえてしまい。その結果
今に至るまで、あの夜のことについて考えることもないのですが。
彼女に助けられたのは確かです。感謝しております。

怖い話Index