【怖い話】 捕まる・・・・・
健康法師さんのお話
あれは私が小学校の6年生の時でした。クラスの仲のよい同級生が集まってお寺で
肝試ししようという事になりました。寺と言うのはどこにでもあるような何の変哲
もないお寺で、担任の先生がお寺の親戚だからとかいうコネがあって、一日だけ夏
の盛りにその寺を肝試しのために『貸切り』にしてくれたのでした。それはもうみ
んな大騒ぎでした。夜の遅くまで本堂で百物語をして震え上がった挙げ句、夜中の
真っ暗闇の墓地に飛び出して行って、それこそ墓の下の御仁がびっくりして出て来
るのではないかと思うほど騒ぎに騒ぎました。
そうしていた時、私は墓場の中を走り疲れてひと休みしようと思って、一人で寺の
敷地の外に出ました。時刻は既に午前4時をまわっていたと思います。寺の山門か
ら出てほんの10メートルほど歩いた所で私は真に恐ろしい目に会いました。ぼん
やり裸電球の街灯が地面を照らしているのを見ながらうつむいてトボトボと歩いて
いた私はいきなり薮から棒に恐ろしい力で肩をムンズとつかまれて無理やり右90
度方向転換をさせられたのです。それは全くの突然の出来事で「あっ」という暇も
ありませんでした。そしたら、そこに上から下まで黒装束の人間が立っており私を
その左腕で捕らえているのでした。私はそんなところに人がいたのは全然捕まるま
で気がつきませんでした。彼は私をにらみつけているのだというのが、頭の上から
強烈な視線が注がれているらしいという事を感じることに依ってわかりました。私
はその時自分の「おばあちゃん」が「変な人に捕まったら絶対その目を見てはいけ
ない。気が触れてしまうかも知れないから」と言ったのを思い出し、私は肩をつか
まれたまま、じっと我慢してその者の顔を見返さないようにこらえていました。こ
の正体不明の人物は私を捕らえている間一言も何も声を出さず、私を捕らえている
腕もそれ以外の体のどの部分も動かしませんでした。私は相手の目を見るかわりに
相手の胸の部分に焦点を合わせて冷汗をかきながら一緒に黙って立っていましたが
やがてこの者は、ふっと手を肩から離したかと思うと、かき消えるように足音もな
くいなくなってしまいました。
後ろのお寺のほうからまもなく「おーい、そんなところでなにやってんだよう、ま
だ肝試しは続いているんだよお」という友達の声が聞こえてきました。彼らは明ら
かに私が寺の前でつかまって偉い目にあっていたことを全然気がつかないでいたよ
うなのです。日が上ったのはそれからいくらも立たない後でした。
今振り返ってみると、これは一体全体誰だったのか?? と思います。親にその事
を話すと、「私服刑事が非行少年を取り締まっていたのだろう、お前ももう少しで
ブタ箱に入れられる所だったんじゃないのか、わはは」と笑われる始末。それとも
まさか北朝鮮のスパイが生きのいい日本男児を徴発しようとして物色していたのが
私を見て「これはあかん」と思って放り投げたのかもしれません。もちろん、私は
その私をつかまえた男が生きた人間ではなかった可能性を排除していません。