【怖い話】 圧力
Kさんのお話
昨年の秋の話です。
彼と紅葉の京都を楽しもうということになって、夕方京都駅で待ち合わせました。
タクシーで祇園まで行こうという彼をなだめて私は祇園行きのバスに乗りました。
バスの方に乗りなれているからです。四時を回って日が落ちてきた街をゆっくりと
バスは進みます。ふと、そのバスが五条に差し掛かる頃、私は彼に「ここで下りよ
うよ」と提案し、さっさとバスを下りました。突然、下りたくなったのです。
バスから降りたのは五条の大谷本廟の前。何故このバスに乗りなれているかという
と、その年に亡くした父、そして祖母の納骨をした場所である大谷本廟に私は何度
も通ったからであり、既にそこは私にとって通いなれた懐かしい場所に変わりつつ
ありました。父に会えるという慕わしさが私に刷り込まれていたのかもしれません。
その時、私は多分「父恋しさ」につき動かされていたのでしょう。
空は朱から藍に染まりつつあります。
少し遅かったか、明かりは落ちていました。山門は黒く影を落としています。
歩いていこうとして、私は「うっ」と咽喉の奥でうめいたまま歩けずにいました。
圧倒的な黒い山門の影。それは通いなれた山門とは違う姿で私の前に立ちはだかっ
ていました。圧力。感じた事のない圧力を感じます。それは圧倒的な”人の数”に
も似た”圧力”です。まるで人ごみに閉じ込められたかのように私は動けません。
「閉まってるのかなー」。
彼はスタスタと歩きます。引きずられて、彼の肘に腕を絡ませた私が動きます。
足がもつれる。引きずられるように小川に架けられた太鼓橋を渡ります。門が近く
なる。息が詰まります。渡ってはならない。頭の中で警鐘が鳴ります。ここは私が
通いなれた、あの、場所ではない。これ以上、行ってはならない。
「門、閉まってる。ごめん、行けないから引き返そ。」そう言うのがやっとでした。
それから清水坂を登って清水寺に向かいました。日が落ちたあとは清水坂も寂れて
しまった廃虚の街のようです。居心地の悪さを感じながら二年坂、三年坂を下りラ
イトアップされた高台寺の境内に入る頃にようやく早鐘のように打っていた私の胸
の鼓動は落ち着いていました。それから円山公園を抜けて一力の角を曲がった頃、
私の緊張の糸は少し緩んでいたと思います。目当ての店を探しあぐねてある稲荷の
前で電話を掛けていた時です。
「足が痙攣する。痛い。」
今度は彼がそううめいて動けなくなりました。「ここにいてはいけない」。彼の足
をさすり、彼をかつぐようにして私は明るい河原町まで戻り、別の店をみつけてへ
たりこむようにして座りました。
その夜、疲れてしまったのか京都の旅館に泊まりたいと言い出した彼が大の字で眠
るのを横目に見ながら、私はチリチリと焦げるように逆立つ神経をなだめる事がで
きず、ついに一睡もすることができませんでした。
時間帯によっては、人が入ってはならない領域になる場所もある。
そういう事を体に思い知らされた一夜でした。
そしてこの事をFKYOTOの7番に書こうと思い立った今年の夏頃、夢に父親が出てき
て苦笑混じりに私にこう告げました。
「墓参りは、(気ィ付けんと)あんまりええ事ないよ。」