【奇妙な話】 宴
Aさんは京都へ勤める事になりました。
会社の方で寮が用意されていたのですが、その話を聞きつけた京都の本家の総領直
々に電話があったそうです。
空いている屋敷があるので良ければ住まぬかとの話です。
本家は神主の血筋です。
彼も不可思議な体験が豊富です。
裏があるとは思ったそうですが、閑静な環境に建つその日本家屋は茶室や庭まであ
り魅力がありました。
庭の池には祠がありましたが・・・・・
しばらく寝泊まりしてから、正式に返事をすると言うと総領は黙って頷きました。
何十年も無人であった古い家ですが、毎日手入れは神人が行うので、廊下にも塵一
つありません。
祠は和紙で封がしてありましたが、丁寧に祀られています。
和紙は毎日朝張り替えるとの事でした。
彼が泊まった最初の夜です。
庭に面した障子がぼっと灯りにそまりました。
来たかと思っていると、庭から声がかかります。
「もうし、宴のご用意が整いました。どうぞおいでください」
彼は背広に着替えて庭に出ました。
寝間着ではいけないと思ったのです。
庭には緋色のもうせんが敷かれています。
そこに13人のものがいました。
6人ずつ右横・左横に座ります。
何故か全員、能面や和紙で顔を隠しています。
奥に振り袖の姫君がいました。
この方は顔を隠していません。彼の席は姫君に対峙する場所でした。
大変美しい様子でしたが「顔を見てはいけない」彼はとっさにそう思い、ひれ伏し
ました。
毛氈には入っていません。
「お顔をお上げ下さい。貴方を迎える宴です。どうか席に着き、私の杯を受けて下さ
いませ」
まさに鈴が鳴る声で姫君が言います。
抗いがたい声でありましたが、彼は事態を完全に理解していました。
「申し訳ありません。私は人の身でありたい故に、その杯お受け出来ません。ご無礼
をお許し下さい」
彼の答えにしばし沈黙がありました。
「分かりました。話が通っていなかったのですね。○○にはそうはもう待てぬとお伝
え下さい」
声の後半は消えかけていました。
気配が途絶えたので、顔を上げると宴の席は消えており、祠の和紙ははがれていま
した。
翌朝、彼は総領に「私は杯を受ける気はありません」とのみ答えました。
「そうか・・・・・」総領は実に残念そうに言いました。
「お前ならと思ったのだがな・・・・・」
姫の言葉を伝えると「この家も途絶えるやもな」と呟きました。
彼は本家が千年あまり祀り続けた神は神社ではなくあの家にいる事を知りました。