一番怖い話

「今までで一番怖い話はなんですか?」と尋ねられる事がある。
 いかにも期待に満ちた表情で尋ねられるので、かえって応えにくくなる。
 今までで一番恐い体験はある。
 ところがこれは話や文章にすると第三者には、怖さがまったく伝わらないのだ。
 そのつもりで読んで頂きたい。
 小学校6年生の夏休みの話だ。
 すでに甲子園は始まっていた。
 私は朝6時に起床してマラソンをかねて愛犬のレオをつれて近所の大公園・浜寺公園を走るのが日課でした。
 愛犬のレオの名は「ジャングル大帝」からつけた名だが、レオは女の子だった。気の弱い人見知りする柴犬で私に良くなついていた。
 自宅から浜寺公園へ行くのにも多少距離がある。
 近所にあった新日鐵の社宅の庭を横切るのが近道でした。
 その日も新日鐵の社宅の庭を抜け、浜寺公園へ抜ける木戸を開けました。
 散歩で喜んでいるレオは真っ先に走り出します。
 引っぱられるように木戸を潜った私はつんのめりました。
 レオが腰が抜けたように座り込んでいたのです。
「どうした?」と尋ねても顔を上げません。尻尾を丸め、全身の毛を逆立てて、微かに唸っています。その視線は空中の一点を見つめています。
 レオは怯えきった様子です。ここまで怯えた様子を見るのは初めてです。
 私はレオの見やる先を見ました。
 松林の一角のぽっかりと丸く空いた広場。その五メートルほど上の宙空をレオはにらみ据えています。早朝の気持ちの良い朝の景色です。
(なんだ?)
 そう思って、目を懲らそうとした時、肛門から背筋に抜けて、怖気が走りました。
 純粋な恐怖に私は包まれました。
(八つ裂きにされる)
 そう思いました。
 私とレオはじりじりと木戸から後退します。背中は見せませんでした。背中を見せると「殺られる」と思いました。
 十分下がって木戸を勢いよく閉めると私とレオは脱兎のごとく家に帰ったのでした。
 今でも私はそこに酷く凶悪なものが居た事を疑っておりません。 

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