【奇妙な話】川辺の石
津月 茶太郎さんの投稿。
私はまるっきり霊感のれの字も無い、むしろ人間の感情の機微にも鈍感な女です。
そんな私が皆様のように霊に遭遇したりするはずはないので、これは霊現象とはまた違った、ちょっと不思議な(不気味な?)お話です。
私は、東京の端っこに住んでいます。
近所に多摩川が流れており、子供の頃は季節を問わず遊びに行ったものです。
それは今から十年近く前、確か小学六年生の時でした。
私は仲の良い友人と二人で、いつものように川原へ遊びに行きました。
多摩川沿いは昔はただの雑木林だったのですが、その数年前に大きな公園になったばかりでした。
日が暮れるまで石を投げたり歌を歌ったりして遊んでいましたが、やがてチャイムが鳴り、私たちは家路に着きました。
細長い公園の上流側から川原へ下りたので、そのまま川の流れに沿って歩き、下流側から公園に戻ることにしました。
季節は良く覚えていませんが、秋か初冬くらいだったんじゃないかと思います。
少し行くと、私はふとあるものに気付きました。
川の流れから離れた辺りには、大きな石が結構ゴロゴロしています。
その大きな石の側面、あまり目立たない辺りに、ぽつんと漢字一文字が書いてあるのです。
サイズは5×5pくらいでしょうか。
お習字に使う小筆で書いたような楷書の文字で、なかなか達筆でした。
私は今までにそんなものを見たことがなかったので、面白半分で友人と手分けして他にも無いか探しました。
その結果、大きめの石一つにつき一文字、それも全て違う字が、結構広範囲に渡って書いてあることが分かりました。
どれもが六年生の時点で読めないような難しい字ばかりです。
今ぼんやりと思い出したイメージですが、何となくウ冠の字が多かったような気もします。
友人と私は「これ何だろうね」「こんな字見たことないね」などと言っていましたが、すでにチャイムが鳴った後だったので、家に帰りました。
この時友人には言いませんでしたが、子供心に、この字がもしも自然に石の表面に浮き上がってきたような物だったら嫌だなぁ、と思い、込み上げ
る不気味さを紛らわすため、「きっとお坊さんになる人がお経の練習をしたんだ!」と勝手に思い込みました。
それから数日して、私は一人で川原に遊びに行きました。
その時はあの文字のことは忘れていたんですが、帰りに同じ所を通ると、さすがに思い出しました。
不気味な気持ちはまだ残ってはいましたが、当初ほどではなかったので、私は文字があった石を覗いてみました。
するとどういうわけか、文字は綺麗さっぱりなくなって、痕跡すらありません。
石を間違えたのかと思い、辺りの大きな石を覗いて回りましたが、とうとう一つも見つける事はできませんでした。
文字を見付けてから、まだ数日しか経っていません。その間天気はずっと晴れでした。
墨のような黒いインクでかかれた文字が、数日も待たずに自然に消えてしまうことがあるのでしょうか?
私は不可解に思いながらも、無いものはしょうがないとあっさり受け入れて家に帰りました。
そのことは、何となく友人には話しませんでした。
彼女が触れてこないので、あえてこちらから話す気にはならなかったのです。今から思えば、もしかしたら彼女は私より先に川原へ行き、文字が消
えていることを知っていたのかもしれません。
以来、二度と石の陰にあの文字を見かけたことはありません。
三年ほど経った後、少し霊感の強い別の友人にその話をしてみたところ、彼はとても嫌な顔をしていました。
文字の種類によっては、もしかしたら呪いの儀式のようなものだった可能性もある、と言いました。
私の中ではその時にはもう完全に過去のことになっていたので、そうだったのか、と思っただけでした。
あの文字を見たことによって特に何か不思議なことが起こった訳ではないので、何かの不思議な、或いはちょと怖い出来事の側面に掠ってしまった
程度のことなのでしょうが、私にとっては不思議な体験でした。
ちなみに、数年前に近所に引っ越してきた従妹は少し感じる方なのですが、まだ越してきたばかりの頃、部屋で寝ていると足元を沢山のずぶ濡れの
人が通る、と言っていました。
ウチの辺りは多摩川の広い川原を調整して田園にした所なので、私達の足元でかつて水難事故などがあったのかもしれません。
また彼女が言うには、もしかしたらこの辺りに上流から色々なものが流れ着いていたのではないか、ということでした。