【室生龍穴神社の歌声】
565さんからの投稿。
私たちは、その日初めて室生龍穴神社を訪れたのでした。
麓のお宮で参拝を済ませた後、奥宮への道を歩き始めるとともに
霧がだんだんと濃くなっていきました。辺りにはひんやりと水気を
含んだ空気が充満しています。そして、天の岩戸のあたりに来ると
視界にチラチラと白いものが無数に見え始めました。
そしてそれはいつしか帯のような、紐のような形に…
今までそんなものを見たことが無かった私は、面くらいながらも
「気のせい」もしくは「目が疲れているせい」と自分に言い聞かせ、
先を急ぐことにしました。
そして、「吉祥龍穴」と書かれた立て札の横の鳥居をくぐると、
どこからともなく女の人の歌声が聞こえてきました。
美しい声なのですが、どこか物悲しさを帯びていました。
(さてはアヤシイ先客が歌でも歌ってるんだな…)と漠然と思いつつ
どんどんと降りていくと、龍穴の前の拝殿。しかし、そこには誰もいません。
それでもかすかに歌声は聞こえ続けます。
「歌声、聞こえへん?」「…聞こえる」
同行の友人にもその声は聞こえているようです。さすがに少し動揺しましたが、
とりあえずお参りを済まそうと靴を脱いで拝殿に上り、手を合わせました。
そして、心の中で祝詞を奏上していると、なんと声の主が2人、3人…
どんどん増えます。10人、20人…まるでソプラノの大合唱です。
あまりの出来事に、私の緊張は恐怖に変わりました。が、祝詞だけは
最後まで唱えたほうがいいような気がしたので、逃げ出したいのを
我慢しつつなんとか最後まで唱えると、また歌声の主は1人に戻りました。
「…増えへんかった?」「…めっちゃ増えた!」
結局、鳥居を出るまで、その声は聞こえ続けました。
帰り道では霧はきれいに晴れ、白いものはもう見えなくなっていました。