【怖い話】声
Sさんからの投稿。
今年(平成19年)2月の連休に、香川県のあるお寺に行ったときのことです。
四国八十八ヶ所のひとつでもあるそのお寺には「戒壇めぐり」というのがあり、
お堂の地下にある全長約90mの真っ暗な通路を、決められたお題目を唱えながら進みま
す。
奥には、弘法大師をおまつりしてあるそうです。
本堂などを拝んだ後に、「真っ暗なんはいやや」と、
躊躇している妻を連れて入ってみました。
宝物館の拝観料と合わせて500円を支払うと、受付のおばさんが左手を横に出し、
「戒壇めぐりは真っ暗ですから、こうやって左の壁を触りながら、お題目を繰り返して進
んで下さい」
と、なぜか少し強めの口調で注意をしてくれました。
入り口の階段を下りると、その先は本当の真っ暗闇でした。
受付のおばさんの言った通りに、左の掌を左側の壁に滑らせながら進まないと、一歩も前
へ進めない状態です。
暗闇は少し怖くはありましたが、それでも空海様をお祭りしてある場所ですので、
(お化け屋敷やあるまいし)
と思いながら、お題目をしっかりと口に出して唱え少しずつ歩を進めます。
妻は少し私と距離を置いて進んでいました。
闇が怖いのでしょうか、お題目を唱える妻の声が、後方からかすかに震えて聞こえてきま
す。
(怖がっとるなぁ)
と、内心ほくそ笑みながらゆっくりと歩んでいると、
右斜め後ろから、別の女性がお題目を唱える声が聞こえてきました。
(なんでやろう?左側を歩くんとちゃうんか?)
疑問が浮かびましたが、
(ああ、そうか。帰りは右側を通るんか。
行きも帰りも左側の壁に手を添えて歩くことで、行き帰りの人がぶつからんようにして
るんや)
と、疑問はすぐに解消したかにみえました。
暗闇という状態で「戒壇めぐり」の威厳を保ちながら、
それでも合理的によく考えてあると私は思っていたのですが、
進んで行くうちに私の頭の中に再び、
(???)
が、浮かんできました。
右後ろの女性の声が、私から(声の感覚からすると)1mほどの距離で付いてくるのです。
(何でやろう?)
その疑問を何とか解決しようと思っていると、左手を添えてる壁が左側に曲がって行き、
その先にようやく光が見えてきました。
どうやら、弘法大師をおまつりしてある場所に到着したようです。
いつの間にか右後ろの女性の声は消えていました。
ロウソクの炎の明るさに少し安堵した私は、後ろを振り返ってみましたが、
当然の如くそこには誰もおらず、暗闇の中から恐る恐るという感じで、
妻のお題目の声だけが湧き上がっています。
その声が少し大きくなったかと思うと、
「キャー!」
という悲鳴と共に、妻が暗闇から駆け出てきて私の腕にすがり付きました。
そんなに暗闇が恐かったのかと、
「大丈夫、大丈夫。空海さんがいてはるんやから心配ないって」
と、妻を励まし、弘法大師に手を合わせ、来た道を帰ろうとすると妻が、
「こっちとちゃう?」
と、別の道を指差します。
壁に矢印があるところをみると、どうやらそちらが本当の帰路のようです。
なんとなく釈然としない気持ちを抱きながら、私は帰路へと向かいました。
帰りの通路では特に何事もなく、私たちは無事に明るい場所へと出てきました。
私はちょっとしたイタズラ心が湧いてきて、「戒壇めぐり」を恐がっていた妻に、
行きの通路で右斜め後ろから女性の声が聞こえたことを話しました。
すると妻が、
「え〜、私は男の声でいきなり耳元でお題目を唱えられた!」
と、ちょっとビビリながら言いました。