【怖い話】沖縄 久高島

 やはり、みーこさんからの投稿。最近、投稿が皆無なので嬉しく思います。

音大講師のT女史と編集者Sさんと私の三人で、
沖縄本島と島を結ぶ高速船の船長さんのお話を聴きに、
平成9年8月のお盆前に沖縄、久高島へ伺いました。
T女史は凜とした神秘系美人で、おまけに霊感があるとのこと、
何かあるといけないので那覇のコンビニで粗塩を買い、
ぼーっとした私たちに分けてくださいました。
T女史はインドネシアを始め東南アジアの音楽、舞踊、儀礼など
研究しておられるようで、今回も船長さんの奏でる三線と民謡を聴き、
それぞれのメロディーの共通性や精神を探る取材をしていただきました。
久高島へ行く船のデッキで、彼女の「海底に幻の国が見えた」の呟きに、
当時の私は目がテンになり、さらに海に面した岩場に立ってもらい、
イメージカットを撮っていたら、いきなり両腕を高く掲げ、
祈るように組みあわせ、静かに体の中心を通って降ろされ、
左右に分かれて二つの力のバランスを取ったかのように、
臍の前で一つにさせた自然な動きを見せてくれたのには、
「絵になる人だな」との感想しか持たなかった私は、
今思えば実に理解不足でありました。
民宿のおばあ(ノロ)は、私たちを暖かく迎え入れてくれましたが、
「お願いがあります。
島を撮るのはかまわないけれど、朝日の昇る時刻だけは、
日の出の写真は撮らないで。早朝は神様がお通りになるので歩かないでね。」
とマジ顔で言われ、またしても目をテンにして、
「はあ、解りました。」と返すしかなかった私たち。
言いつけ通り、次の日は昼から仕事を開始。
蜜のような日差しに照りつけられ、
「ISO100、125分の1で、F22が適露光とは本土では考えられない!」と、
さすが光の強さが半端ではない沖縄に感嘆しつつ、
道すがらの風景を片っ端から撮っていました。
そして最北端の断崖絶壁においては、
「撮影してもらっても掲載ないけど撮影しておいて。」と意味不明なことを、
Sさんに言われ、しぶしぶ念のため撮ることに。
(今でも撮ったポジフイルムは自宅に大事に保存しています。)
その後、島の中心部にある白亜の久高殿といわれる、
人々が祈りを捧げる神聖な社へさしかかった時、
我々が神妙に社の風情を伺っていたのをよそに、
編集者Sさんだけが、つんのめった妙な歩き方をしながら、
一人、社を見向きもせず歩き出しましたので、
T女史は「Sさんが、おかしい、変だよ。」と気がつきました。
私「本当だ!Sさん変!何処へ行くんですか?」
Sさん「体が勝手に動くものですから、
ちょっとおまかせてみようかと・・」
目も虚ろになったSさんは、何かに憑依されている感じでしたが、
何かそれを楽しんでいるようでもあり、このままではいけないと、
私は慌てて持っていた粗塩を彼女の背中に投げかけましたが、
当然効果はなく、ノロのおばあを呼んで視てもらうことにしました。
数時間後、スッキリとした顔で私たちの元へ戻ってきて、
お盆に帰ってきている霊に感応したのではないか、とノロに言われ、
家系で起こっている深刻な祟り系問題も指摘され、
人生相談にも乗ってもらったそうです。
なんと頼りがいのあるおばあ。
ニコニコしながら帰りの船上の私たちに手を振るおばあの佇まいは、
島を愛する清らかな巫女さまのようにみえました。

そもそも久高島とは、琉球開闢の祖神が降り立った島。
すでに1978年を最後に途絶えてはいますが、
島で生まれ育った30歳〜41歳までの母が神女になる、
祭祀、イザイホーの神髄はこの島のノロの方々に宿り、
今でもこの島で母系社会を守り神様と共に生きている・・・・、
そんな姿を垣間見ることができた素晴らしき旅でありました。

※久高は行きたいと思っている場所ですが、男子禁制を基本とするので気後れして行けて
 いない場所です。カメラの露光は信じがたい数値で、久高は島そのものが輝いているの か!? と思いました。
海底に巨大都市があるのは承知しているので驚きませんが、Sさんの挙動は典型的な神
 下ろしの技法で自らの体に御霊を取り込むもので、度胸のある方だと思います。
 掲載しないけど写してと言う写真拝見したいものです。
 体が勝手に動くので任せてみると言う発言を平然とされるSさんには感嘆するばかり です。
 久高の女性は皆、有能な巫女と言って過言ではありません。ただSさんの現象は誤魔 化されたものと思います。
 前日の行動からしてSさんはその内に神を下ろしています。祖霊なら粗塩が効かない 訳がありません。
 Sさんは海を目指して歩いて行かれたと推察しますが、如何でしょう?
 イザイホーが途絶えているのは強い悲しみを持って受け止めました。「あ、この国もう
 長くないな」と思いました。
 ちなみに奈良時代から暫くは本土も女系を基本とした家系を重要視していました。
 武士階級の台頭で父系の家系図に変わりましたが、女性の名を記さず○○の女と記して
 いるのは女性蔑視ではなく、呪的な意味で女性の名を記せなかったことと、○○の女と
 記すことでどの家系の女性の血を引いているかを重要視したからです。
 実際、貴族階級は戦国においても通い婚を続けていましたし、現代でも本当の支配者階 級の婚姻は相手の女性の血筋を重要視して、頼んで嫁に来て貰うものです。
 そう言う呪的な意味合いではなく、女性の権利ばかりを守り弊害を産んでいる現代日本
 の有り様には個人的に疑問を覚えます。


 

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