【怖い話】阿蘇の白い霧
私が高校2年生の時だから、もう三十数年前の話となる。
私は修学旅行で阿蘇山に行った。自由行動となり、級友二人の三人で火口付近の周遊コ
ースを巡っていた。級友二人は猥談に興じており、加わる気が無かった私は5メートル程
先行していた。雲一つ無い青空が広がり、気候は穏やかだった。唐突に私はフォグに包ま
れた。それまで周囲に異変は無かったので、火山性のフォグの塊に飲まれた一時的現象だ
と思った。
ところが、それは肌に纏わり付く白い霧だった。自分の足先も見えない。私はすぐ後に
居るはずの級友を呼んだ。
返事は無く、人の気配もしない。
私は足下が周遊道路でなくなっているのに気付いた。緑の牧草の様な腰の高い草々に周
囲が埋められている。白い霧は広範囲に及び、地形を確認出来ない。ミストの様な霧は生
地を素通りして肌を濡らす。気温がいきなり5度ほど下がり、肌寒くなる。
(―――これは不味い)
そう思い焦った。霧は進行方向だけが開けて景色が見える。しゃにむに山肌を登った。
5分程進むと前方の霧が急に開けた。
絶句した。
真っ新の高床式住宅が眼前にある。使われている木材が磨かれて新しいので、白亜の社
に見えた。高床式住宅に登るはしごの側に、白い冠頭衣を着て、真っ白の長い髪と髭の老
人が杖をついて立っており、おいでおいでをしている。
これは古い神だと瞬間的に理解し、畏怖した。招きに応じれば帰れないと思った。脱兎
の如く山肌を下った。背を向けた瞬間に霧は晴れた。私は周遊道路に居た。全身びしょ濡
れだった。
「おーい! S!」
緊張感を孕んだ大声が遙か下のゲストハウスから私を呼び、級友達や先生が駆け寄って
来る。
「一時間もどこへ行っていた?」「捜索願出すところだったんだぞ!」
口々に怒鳴られた。
私は剣幕に狼狽えながらも「霧が……」と答えた。
軍隊式の厳しい生活指導を行う強面の教師達も、青ざめてびしょ濡れの私の姿に奇異を
覚えたのか、それ以上追求せず、バスタオルを渡してくれた。
白い霧は時折前触れも無く十数年に一度の頻度で私を包む。その度、小一時間私は行方
不明になる。今は戻れているが、次に来たとき戻れるのか自信が無い。
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