【奇妙な話】斬って候

 私は住吉大社の裏鬼門にあたる場所に建つワンルームマンションで暮らしていたことが
ある。
 薄汚いマンションで、部屋は歪な三角形。加えて事故物件であった。当然、家賃は安か
ったが、窓を開けると寺の裏手で、無縁仏となった墓石が真下に積み上げられていた。
 若い女の霊が出たが、追い払った。寺からの霊道はお守りをぶら下げることで、ずらし
た。
 壁に真言密教の阿字観瞑想用の掛け軸を飾り、水晶玉を置いて、暇があれば瞑想出来る
様にした。
 ある夜、思い立って、掛け軸に描かれた『阿』字を自分自身と見立て、柳生流の木刀を
構えて座り、自己の不浄を斬る修法を行った。太刀筋も自己を脳天唐竹割りになるよう注
意して行った。
 十五回ほど斬っただろうか?
 阿字がぼやけて死に衣装で腹から腸がはみ出た正座した侍の姿に変わった。
(化生が修法の邪魔をするか!)と怒気を発して威嚇すると、「菩提の弔いがされないの
で、死にきれません。どうか斬って死にきらせて下さいまし」と土下座する。我ながら変
わった妄想を見ると思ったが、「あい分かった」と引き受けた。侍は首を突き出すので、
首を斬って落とすと、侍の姿は光の泡となって霧散した。霧散したと思ったら又、落武者
風の侍が現れ「菩提の弔いが―――」と同じ台詞を言い、斬ってくれと言う。五人ほど斬
った時に気付いた。阿字の奥に長い行列が出来ている。
(この寺は供養も出来ないのか!)と腹が立った。
 侍が多かったが商人風の者もいた。蕪を連れた花魁も来た。
「顔に傷がつくのはイヤですよって、袈裟斬りでお願いします。蕪は喉を突いてやってお
くんなさい」と注文をつけた。童女の喉を突くのは罪悪感を感じた。
 結局、日の出まで霊を斬り捨てる作業は続き、手が棒の様になった。霊の列が消えた時、
「もう二度とやんないから、来るなよ!」と叫んだ。
 生臭寺に葬られるのも不幸だなと思った。




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