【不思議な話】同行二人
私の友人に突出した能力者がいる。
神霊がリアルに見え、言葉を交わすことも出来る。
だが、本人的にはごく当たり前のことで、騒ぐことも無く一般人として過ごしている。
宗教的知識にも興味は無く、専門用語も知らない。
能力者は唐突の不幸に見舞われがちだが、彼女も例外ではなかった。
五年前、仕事で文書を数人で仕分けしている最中、彼女は突然視界を失った。周りが慌
ててTAXIなどの手配をすべきか、救急車を呼ぶかで喧々囂々としている中、事態を理
解していないのか? 彼女はうろたえることなく、「バイクで自分で帰る」と発言し、周
りから諫められている。
病院での診断は末期のリンパ線癌で、首筋のリンパ腺が膨れ上がり視神経を圧迫し、視
力を奪っているとの診断だった。余命は良くて三ヶ月と言われた。リンパ腺癌の恐ろしさ
を良く知る私は、親しい友人を失う覚悟をした。
友人はやはり只の人ではなかった。一時は危篤に陥りながら、奇跡的に復活し、以後も
医学の常識を次々と覆し、担当医を驚愕せしめた。入院生活を嫌う彼女は週末に肺の水を
抜く手術をするだけで、平日は家で出来る限りの家事をこなす生活を送っている。
賞賛すべきは彼女の精神力で、全盲となっても、快活さを失わず。逆にこちらを励まし
てくれる始末だ。
だが、思うところはあったのだろう。旦那さんの運転で四国八十八ヶ所参りを始めた。
私は彼女がいなくなるのが怖くて定期的に連絡を入れている。
電話口で彼女は言った。「不思議な事があった」と。
何処の何と言う札所の寺かは聞いていない。
境内に入ると長い石段を上って本堂へ行く造りの寺だった。彼女は目が不自由な上、足
もへたって来ているので、とても石段を登れない。そこで旦那さんが朱印帳を持って、彼
女の代わりに詣でることにした。彼女は入り口の境内の休憩所に座り、旦那さんを待って
いた。純日本産の真っ黒な猟犬が、尻尾を振って彼女の元へ近づいて来る。その後を追う
様に真っ白な日本産の猟犬を連れた旅装束の僧侶も彼女の元へやってくる。
彼女は目が見えることを不思議と思わなかったそうだ。
黒と白の二匹の猟犬は彼女に体をすり寄せ、甘えてくる。犬が嫌いでない彼女は、毛並
みを撫でたり、手を取ったりした。毛は砂埃があり、足は異様に太く、相当な距離を歩い
てきた犬たちだと思ったそうだ。首輪は無かった。犬を連れた僧侶は雑談の後、「貴女の
ように身体が不自由な方は無理に石段を登ることはない。ここから、ただ拝むだけで功徳
があるのです」と語ると、犬を引き連れ立ち去った。同時に目は再び見えなくなっていた。
黒と白の二匹の犬をお供にした修行僧と言えば一人しかいない。僕は思わず「そりゃ、
空海やないか!?」と叫んでいた。彼女はけろりとした声で「慎さんもそう思う? この
話をした人みんな、そりゃ弘法大師や言うんよ。めっちゃ、実体あったんやけどなぁ?」
と応えた。彼女にとっては有り難いお声を掛けて頂いただけの話のようだ。
弘法大師を信仰し縋る人は数多といる。慕う余りに出家する者も少なくない。彼らの内、
果たして何人が弘法大師から直接お声を掛けて頂いた者がいるだろう?
やはり、現れるべき人の前に現れるのだなと思った。
西国四十八箇所巡りは一人で行っても同行二人と言われる。弘法大師が必ず一緒に回っ
て下さるからだと言う。
同行二人は嘘ではないのだなと実感出来た。
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