三輪山探訪記(1)
狭井神社より三輪山を望む。(上空にイノシシのような影が見える。山神なのだろうか) |
みなさん、どうも。
SINです。
平成9年6月21日。私は三輪を訪れ成した訪れました。
思えば、私がここまで神道に深入りするのは、全てはこれが始まりでした。近くには何度も訪れ
ながら、ここだけは恐ろしくて近づけなかったのです。心強い同行者を得た事から、今回、入山を決
意しました。
初日は修羅さん,PITさんと下見です。
まず、神域からはずれた大神教本廟を訪れました。
いわば宗教活動の拠点なのですが、参拝者用にパンフレットがあります。
意訳しながら抜粋しましょう。
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我々が住む大宇宙の元霊神こそは天津御祖(アマツミオヤ)の神である、造化の三神であ
り、天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神であられる。重要文化財でもある三ツ鳥
居は,この三柱の神が三位一体となりこの世を生成された事を示すとともに、三輪大神
として発現されるときは和魂・幸魂・奇魂のムスビを示し、生きとし生けるもの全てを
幸福へ導く。
鳥居をくぐる際は静止、一礼してから内へ入り、左の柱を一回りし、元の位置から右
の柱を一回りして中へ入る。
このとき、「トオカミ エミタメ ヒト フタ ミイ ヨオ イツ ムユ ナナ ヤハ ココナタリ モモチヨロズ」と三
回唱える。
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なんたる矜持!!
一般に三輪山の神は大物主神・大己貴神・少彦名神であるのですが、ここではその神
格を一挙に至高へ持ち上げています。また、この呪文を一般参詣者へのパンフレットに
載せる神経は尋常ではありません。もし、どこかの新興宗教がこんなパンフレットを作
ったら,たちまち潰されるでしょう。三輪山におわします神がいかに別格なのかが伺え
ます。
談笑しながら二の鳥居の前まで来て、私は息を飲みました。こんもりとした森の中参
道が続いているのですが、霊気が強い。肌が粟立ちます。原初の自然への畏怖に似た感
情を覚えます。気のせいか森の中にはちらちらと人影が見えます。PITさんは息苦しい
と訴えます。
参道を抜け、橋を渡ると、シデがぶら下がった標縄が大神神社への入口となります。
標縄とは、鳥居の原型と言われるもので、太い柱二本の間にしめ縄を渡してありま
す。シデとは縄からぶら下がる装飾なんですが、人型を現しています。
那智大社のシデは藁人形で有名です。
大神神社境内は信じられない程、清い気が満ちています。その社には三ツの鳥居があ
ります。波に戯れるウサギが彫られています。
「ここは(安全に参拝するための)避難所なんですね」とPITさんが言います。同感で
した。私には社が霊気を堰き止める巨大なダムに見えます。その後ろにはご神体である
三輪山が控えています。何故でしょう? 頂上からややはずれた場所から強い呼びかけ
を感じます。
修羅さんはいきなり白蛇がおわす神木に近づき嬉しげに微笑んでいます。「気持ちの
良い木だね!!」元気にそう言います。PITさんは結界法が気になるのか点検をしていま
す。修羅さんはおみくじでも引いているようです。私は警備のお爺さんに明日、入山し
たいので、手続き等を尋ねます。(ああ、三人の行動がバラバラ)
お爺さんは嬉しげに、そして,とても親切に地図まで書いて色々教えて下さいまし
た。多謝。
我々は狭井(サイ)神社へと向かいます。道々蛇の穴の多さに驚きます。あちこちに卵
が供えられています。左回りの小道を抜けますと、小さな池と祠が目に入ります。お
や? 池から少女が顔を出し、こちらを見ています。目が合うと消えました。池の名前
は鎮女池です。
PITさんに消えた辺りを目で示すと「ああ、潜っちゃいましたね」と軽く流します。
(彼は自分は霊感がないから幽霊など見ないと言っていた・・・・・)
ここで、再び手を清め、標縄をくぐって狭井神社に入るのですが、私とPITさんはほ
ぼ同時にコンパスで北を確認して標縄をくぐります。
私達三人は感嘆の声を上げました。
小さな光の粒が豪雨のように狭井神社境内に降り注ぐのがはっきりと見えるのです。
オルゴンと呼ばれるこの光の粒は晴れていれば,大抵の場所で見えます。
普段は不規則な横の動きしかしないオルゴンが,ここでは信じられない量でまっすぐ
降り注いでいます。
私が知る限りこんな場所は那智の滝しかありません。
私とPITさんはコンパスを確認します。東へ約30度北の位置がずれています。
狭井神社には霊泉の湧く井戸があるのですが、これが宇宙船を思わせる格好をしてい
ます。多くの方がこの三時を水を汲んで帰って行かれます。その中には明らかに常人と
は違うオーラを放つ方がおられます。目が合うと頭を下げられます。ここではその行為
がすごく自然に感じられます。
お水を頂き、社務所のほぼ同年代と思われる神官の方に明朝入山したい旨を告げます
と、ここでも凄く丁寧に親切に対応して頂き、色々なお話をお聞き出来ました。多謝。
道に迷うことが良くあるので、迷えば、登りは右へ右へ、下りは左へ左へ行くよう言
われたのが印象的でした。
残念ながら、今日はもう入山は出来ないとの事でしたので、境内を出て、池の前の祓
禊場で一服します。
私達の後を追うようにジーンズ姿のすらりとした女性が境内から出て来られました。
境内では深々と挨拶をして頂いたのを覚えています。
PITさんと修羅さんに「あの人は私の仲間だ」と呟きました。その女性は私達の前を
通りすぎると,先程,私が少女を見た辺りを見つめて立ち止まります。水を置き、居住
まいを正すと長い間合掌されました。
陽が沈むにはまだ時間があります。私達はしばらく散策する事にして、まず、大神神
社に戻る事にしました。
ここまではただ圧倒的な神気にふれる体験でした。
6/21の夕刻から夜にかけての出来事を二つに分けて語ります。
極めて主観的なお話になりますが、ご容赦願います。
さて、ここで一つ白状しなくてはいけないのですが、私が三輪山周辺に今まで近づけ
なかった理由は,その桁違いな霊気のみではありません。何者かの強い呼びかけを感じ
ていたからです。抗いがたい強い呼びかけに私は恐怖と魅惑を感じていました。一人だ
と戻って来れないかもしれないので、それを引き留めてくれる力のある友人が必要でし
た。それがPITさんです。
修羅さんが書いてくれた地図を見て下さい。大神教会の南東に私達の宿があったので
すが、宿を出るなり,私はさらに南東へ行こうとして二人に引き留められました。本来
の参拝道とは全く裏側へ行こうとしたのです。呼びかけはそちらに道があると告げてい
ました。
私達がたどった参拝経路は正式なものですが、私への危険な呼びかけからは逃げる形
になっていました。逆に言うと戻りは危険へ近づく形になるのです。
さて、鎮女池から大神神社の境内へ向かう参道の帰り道ですが、道の端のあちこちに
男が立っています。気付くのは大抵PITさんが先でした。私には黒い影として感知され
ましたが,PITさんにはどう見えたのでしょう?
私達がちゃんと帰るか見守っている感じでした。PITさんはこの男達をかなり警戒し
ていたようです。
私は先頭を切りました。すっと帰る所を見せなければいけないと思いました。ふと気
付くと私達は三人だけで参道を歩いています。他にもいた参拝者の姿は周囲にありませ
ん。PITさんと修羅さんは時折言葉を交わしています。私は黙って歩を進めました。
そのとき、澄んだ木琴の音色が響きました。山頂の辺りから私の歩みに合わせて鳴っ
ています。
最初は何か儀式をしているのかと思いました。私は立ち止まりました。上を見上げま
す。音は途絶えました。
奇妙に思っているとPITさんと目が合いました。彼は黙って首を振ると私を追い越し
ざま「駄目ですよ。立ち止まっては・・・」と言います。
私はPITさんと修羅さんの後ろを追いかけました。
すると再び木琴の音色が響きます。
山頂の辺りから邪気を払うかのように周囲に響くのですが、明らかに私の歩みに合わ
せています。私はまた立ち止まりました。
「どうしたの?」修羅さんが尋ねます。
「音がしないか?」私は逆に尋ねました。「歩くと鳴ってるのに,立ち止まると消える
んだ」「靴音が反響してるんじゃないの?」修羅さんはにべもなく答えます。PITさん
は困ったような表情で答えません。
「反響かなぁ?」こういう現象は初めてなので,私は良く分からぬまま再び歩きまし
た。その時、また音がしました。
「ほら、この音だ!!」私が言うと先行していた二人は立ち止まりました。私は二人の下
に歩み寄りました。また、音が響きました。
「本当だ」修羅さんが言いました。
私達は山を見上げました。私とPITさんは山の背の杉木立からひょいと顔を出してこ
ちらを伺う童女を見ました。童女は私達と目が会うとすっと隠れてしまいました。
私とPITさんは黙って顔を見合わすと,そのまま道を大神神社の境内へ向けて下りま
した。もう音はしませんでした。
大神神社の境内で,私とPITさんは例の童女について語りました。両方とも見たのは
童女で,杉の幹から顔を覗かせていたことで一致するのですが、PITさんは裸形であっ
たと言います。私は袴をつけていたように見えました。
修羅さんは音は聞こえたが,女の子は見えなかったと言います。そう、この時は・・・
「精霊でしょうね」PITさんが言いました。
私は黙って頷きました。
さて、木琴の童女の体験の後、私達は大神神社でどの辺りを歩こうか相談しました。
前述した通り、私は南東側からの呼びかけを強く感じていましたのでそちら
を見てみたいと言いました。
まず、大神神社境内から南側に降り、小さな川(これも結界だった。(
__)_/)を渡
ると,小道が東へ登る形でありその行き止まりに「神宝神社」があります。
行ってみるとお爺さんが熱心に大祓の祝詞を唱えているのですが、印が招魂系です。
そのせいなのか、どうなのか・・・・
私ははっきりした誘いを感じました。
すぐ近くからの呼びかけで,さほど強い者が呼んでいるとは思いませんでした。
お爺さんが立ち去ると私は「ちょっと呼ばれてるから見てくる」と二人に断り,ざっ
と山肌を登りました。呼びかけは社の裏手です。PITさんが「私も行きます」と言うの
を「やめたほうがいい」と断りました。手に長く細い髪の毛が絡みつきます。やばいか
なと思いました。登ってみると道があります。卵の殻が白い道しるべとなり行くべき方
向を示しています。言ってみると「神宝神社」のすぐ裏から川が山手へと伸びていまし
た。そこにいる者を見て私は全身の毛が逆立ちました。
小物だと思ったのは大きな間違いでした。三輪山の霊気が強すぎるので判断を誤った
のです。
私の手に負えるものではないので,魅入られる前に戻る事にしました。
この間、5分も経っていないはずです。
山肌を下ろうとして,私は再びぞっとしました。降りるべき場所一面に蜘蛛の巣が張
られていました。帰さぬための結界でした。気付かなければ足を滑らし落ちていたでし
ょう。
そこにいたのは私を呼ぶ者の眷属のようです。眷属ですらこんな力を持っているな
ら,本体はいかばかりなのでしょう。
ほんの数分の脇道で私は知りうる全ての技と精神力を使うはめになりました。
「だから止めたのに・・・」とPITさんに叱られながら「三輪成瀬稲荷社」へ向かいま
す。ここで稲荷を作るかぁ?と言うのが私とPITさんの意見です。
一応,「諸願成就」のお稲荷さんですが、地元の方が作ったものではない気がします
ね。
で、修羅さんがオルゴンを見た「大行事社」です。岩倉がありました。
三輪山頂への霊的な通信用のアンテナだと思います。ここでも強い呼びかけを感じてしまい
ました。
三輪山周辺では他にもミステリーネタが山のようにありましたが、「三輪山探訪記」の趣旨
からははずれますので省略します。
さて、宿で楽しい夕餉の一時を過ごした私達は夜の神社も味わってみようと再び二の
鳥居へ向かいました。
途中で感じたのは結界がゆるんでいる事です。大神神社の奥に封じられていたものが
一の鳥居の辺りまで出て来ています。
二の鳥居の前まで来て,私とPITさんは「なんだ? これは?!」と思わず声を上げま
した。二の鳥居の奥の参道は濃霧に包まれたように見えました。
灯籠の灯りも滲んでいます。
鳥居をくぐるとグッと圧力を感じます。まるでミルク色のコールタールの海の底を歩
いている心地がします。
「なんて霊圧だ」とPITさんと話していると、「なにが?」と修羅さんが言います。
「霧が見えるでしょ?」と尋ねると「そんなもの見えないよ」と涼しげに答えます。
思わず耳を疑いました。半ば物質化している驚異的な霊気です。どんなに鈍感でも感
じないはずがないのです。
私達が半ば前傾姿勢で呼吸困難になりながら前へ進んでいるのに、修羅さんは闇を恐
れる素振りも見せずに,すいすい前へ進んで行きます。
観察すると、コールタールのような濃い霊気が,修羅さんの前では自動扉のように,
すっと開いていくのです。
「女尊男卑だ」と不満げに呟くと,「余程、気に入られたんですね」とPITさんが答え
ます。その声は苦しそうです。その時,神社の方向からごっと風が吹きました。
「戻し風まで吹くか?」そう呟くと、修羅さんは「風なんか吹いていないよ」と言いま
す。「こんなに強いのに・・・」と呟くPITさんは風で左へ左へと追いやられていま
す。顔色も尋常ではありません。
修羅さんもPITさんの苦しげな様子は分かります。
「戻ろうか?」そうPITさんに声をかけます。
PITさんは「あそこに・・・」と私に言います。「三人、待ち伏せています」
見ると橋の前の灯籠にはっきりと三人の人影が見えます。
修羅さんは「見えないけど、戻った方がいいね」と私に言いました。
私は首を振りました。
「ここで戻るより,橋まで行って戻る方が安全だ」
今、思うと、何故、このときこんな確信を持てたのか不思議です。
兎に角、橋を渡りました。
すると,どうでしょう?
いきなり霧が消えたのです。大神神社の境内では気の圧力すらありません。
「ああ、息が出来る」PITさんは嬉しげに言いました。空気が変わったのは修羅さんに
も分かったようです。
ここまで結界の効果がはっきり実感出来たのは初めての事でした。
流石にそれ以上、冒険する気にはなりませんでした。
来た道をそのまま戻りました。
霧はやはりありましたが、帰りは非常に楽でした。
二の鳥居を抜ける辺りで,柔らかな気を感じました。見上げると蛍が一匹私達の頭上
を追って来ています。
「ほら、蛍だ」
そう修羅さんに言うと,初めて見ると子供のように喜びました。
蛍は頭上の木に止まり、消えました。
「もう光らないかな?」修羅さんが残念そうに呟きます。「光るでしょう」と答える
と,その声に答えるように瞬きました。
蛇足ですが、この時、私の家の時計は全て8時35分で止まりました。
妻に何をしていたと叱責を受けました。
やはり,同時刻,4歳と2歳の娘はそれぞれ正座して水晶玉をじっと見つめていたそう
です。(^^;
蛇足の蛇足。
帰り道、ラップ音が三度した。
さて、いよいよ入山編です。入山は朝の8時からとの事でしたので、合流組を三輪駅
まで迎えに行きました。
合流組はMSオフの第一人者しげさんを筆頭とするYさん、Rさんの三人です。
Yさん、Rさんはこの世の終わりが来ても冗談言って笑っている強者ですので、心
強い同行者です。
早朝の集合にも関わらず遅刻者もなく、我々はまず大神神社に向かいました。
二の鳥居をくぐった時に私は首を傾げました。
この日はやや曇天でしたが、空気が昨日と違うのです。昨日までの霊気は怖いほど
澄んでいて身を切るような厳しさがありました。夜にいたっては生身の日本刀のよう
な凄みがあったのです。ところが、今日は柔らかく包み込むものに変わっています。
どこか女性的なイメージの霊気で、昨日に比べると非常に弱いものです。(それでも
普通の神社よりは強いのですが・・・・)
狭井神社に入った時は、この違和感は確信に変わりました。
オルゴンの降る量が極めて微弱になっています。
修羅さんは昨日の方が気持ちよかったと不満気につぶやきました。
「時間帯で神様が代わるんですかね?」PITさんが呟きます。
昨日、説明をして下さった若い神官の方は境内を清掃されていました。私達の姿を
見て、入り口の竹の戸を開け、受付に戻ると一番の札とたすきを六本渡してくれまし
た。新しい顔があるので、再度、入山の注意をされます。
この時、中肉中背の男性が受付をせずに山へ入るのが見えました。
はっきりと見えますが、オーラが人間ではないので黙っていました。どうせ、みん
なには見えないだろうと思っていたのですが、全員見ていた事が後で判明しました。
誰にも見えない者が自分だけ見えるのは怖くないのですが、自分しか見えないと思
っていたものが、みんなに見えるのは逆に怖かったです。
神串で各自お払いをした後、入山です。
人二人が並んでやっと通れる小道を登り、そこから左へ降りると川へ出ます。
川の端を歩いていますと、杉の幹に白蛇の焼き物が大量に供えられていました。
そこから暫く行くと、左側の崖が一部崩れていて、そこに精巧な石組みが見えまし
た。
(石組みをわざわざ埋めてあるんだ)そう内心で感心しながら、その部分をPITさんと
しげさんに指し示します。
川の途中から荒い石組みの階段を右手に登るのですが、ここで、ぐっと気圧が上がる
感じがしました。
「これじゃあ、普通の登山みたいだ」そう不満の声を漏らしていた修羅さんは最後尾に
つきます。(私とPITさんを気遣ってくれたようです)
少し、登ると滝があり、滝行の行場になっていました。
中年の男性が行をされていましたが、登るときに見かけた方ではありません。
別の登り口があるのかな? と思いました。
私とPITさんは先頭を並んで歩いていました。
ふたりとも殆ど口はききません。昨日のように鳥肌が立つような鋭さはありませんが
、それでも、グイと押し返す霊圧があります。
私は修羅さんが気になって仕方がありません。修羅さんの後ろに半透明の修験者が付
いてくるのが見えるのです。
PITさんも気付いているのでしょう。「帰りは7人にならないようにしましょうね」と
言います。
その時、私達の前に小さな蛇が飛び出しました。いったん道の真ん中で立ち止まり、
私達二人の顔を舐めるように見ると、道の端へ姿を消します。
「出ましたか・・・・・」PITさんはため息を漏らすように呟きました。「ああ・・・・・」と応
えて、歩を進めると、今度は道の真ん中に黒い蛙が待ち受けています。大きさは雨蛙程
ですが、形状は明らかにヒキガエルです。これは知らぬ間に消えました。
さらに行きますと、なにやら黒い煙のようなものが道の脇から出て来て、真ん中で止
まりました。それは小さく丸い黒い蜘蛛で、私達と同じく6匹いました。やはり、私達
を見上げてから消えました。
「数を揃えてきましたね」PITさんは冗談めかして言いますが、私は上手く笑えません。
実は先程から、髪の毛とも蜘蛛の糸ともつかぬものがまとわりつくのですが、払おう
とする間もなく、体の中に溶け入るように消えるのです。
正直、最初からこれでは堪らないと思いました。
私はPITさんの後ろに位置を変えました。(親友を盾にする鬼畜)
この間、真後ろでずっとYさん、Rさんが冗談を言い通しだったのは精神的救いでし
た。
小川から石の階段を上がりますと左へ緩やかな登りの地道となります。昨夜に雨が降
りましたので、地面はやや柔らかめです。
謎の先行者がいた事はすでに書きましたが、その足跡がくっきりと残っています。と
ころが、足跡は二つあります。
一つは謎の先行者と合致する大きさですが、もう一つは、小さく女性か子供のものに
見えました。
PITさんが「ふたりでしたかねぇ?」と呟きます。やはりPITさんには見えていたかと
思いつつ「ひとりでしたよねぇ」と答えました。
妙にくっきりと残るその足跡は独特のものです。
「軍属ですかね?」PITさんが言います。なるほど、中野学校あたりで訓練を受けれ
ば、こういう足跡になるかもしれません。だが、私には違うものに見えました。
「禹歩(ウホ)ではないですか?」
私はそう答えました。禹歩と言うのは独特の歩法で大地を踏みしめながら歩き、霊を
鎮める技術です。
PITさんは顔を引き締めました。
この辺りから再び監視の気配が強まります。
無言で道を進みますと右手に石で作った階段があります。階段と言っても緻密に作ら
れたものではなく、足場は良くありません。雨のせいか濡れて滑りやすくなっているの
で、足下に気をつけるよう皆に伝えて登ろうとしました。
ここで石という石にとんでもないものを見て、私は思わず進みかけた足を止めまし
た。思わずPITさんを見ます。彼も半ば青ざめた表情で前方を睨んでいます。私の視線
に気づいて「踏むしかないですね」と半ば嘆息して言いました。
幸い、後ろのグループは何も気づいていないようです。
しばらく登りますと、土の斜面に変わりました。
そこに四角錐の黒い石(高さは20センチくらい)が出ています。
その石の周りには真っ白の餅のような小石が積まれており、香か何かを焚いた形跡が
あります。
思わず感嘆の声を上げました。
「ここでこういう事が出来る人がいるんだ」と言うと、PITさんが「まだ、こういう技法を残して
る人がいるのですね」と頷きます。
迂闊にもその白い石を拾おうとした気配を示した人がいたので、思わず「触るな!!」
と声を荒げました。流石に身内から死人は出したくありません。
この石から上の斜面はやや広い広場のようになっていて、ドルメンの残骸のような巨
石が点在しています。
他は樹木が生い茂っているのに、ここだけ開けているのは異様です。地面の感触もち
ょっと違います。
少し登って椅子のような石が点在する辺りに来た所で、上から戻し風が吹きました。
昨夜程強いものでは無く、こちらを試す感じでした。
見上げると上の森の入口に三人の男が立ち、こちらを睨んでいます。思わず護身用の
木刀を抜きそうになりましたが、あちらは拝刀しています。
目をそらし、私はその場に座りました。皆に「ここで一服しましょう」と声をかけま
す。
「ここでですか?」PITさんが不満の声を上げました。目がここでは逃げ場がないじゃ
ないかと語っています。気づいているのか、森の入口を不安げに見ます。
「ここなら抜けますから」と木刀を座ったまま前にかざしました。
PITさんは不承不承という感じで同意しました。
皆、あちこち観察して回ります。しげさんはドルメンらしきものを調べています。
やや心配そうに側に寄ってきた修羅さんに私は水をもらいました。
僅かな時間の睨み合いで喉がカラカラに渇いています。
修羅さんはなぜか箒を見つけて椅子のような石が並んでいる辺りを掃除し始めます。
修羅さんが掃除をするのは奇跡に近い事です。
PITさんはドルメンには目をくれずに、広場の端を観察しています。いざと言う時の
逃げ場を探しているのかもしれません。
広場の左端にある巨石の側で「ああ・・・」とPITさんが声を漏らします。何かあっ
たかなと側に寄りますと、石の上には食塩の袋が開きかけのまま放置されていました。
袋はほとんど開いていないのに、中身はどろどろです。
「やられましたね・・・・」PITさんが呟きます。
「こんな程度の準備でちょっかいだす馬鹿がいるのですね」と答えました。
15分程度休んだでしょうか?
監視の気配が解けたので我々は再び登り始めました。すると右手の森からギャーギャ
ーと言う耳障りな鳥の声がします。結局、この鳥は山頂までずっと私たちをつけてきま
した。
森の中の小道に入ると、これみよがしに例の足跡があります。
休憩のタイムラグがあるので、足跡は乾いているはずなのに、真新しいままでやはり
二人分です。これは誘われているのかなと思いました。
そのまま森を抜けますと、右手に小さな社が現れました。
社の周りは藪蚊が文字通り雲霞のごとく湧いています。場所的に考えても異常です。
私とPITさんは同時に「殺すな!」とみんなに声をかけていました。これだけの蚊がい
ながら、刺された人間は一人もいませんでした。
ここは気がすさんでいて長居をしたくない気分にさせる場所でした。
同時にあたかも頂上のような錯覚を起こす場所でもありました。
社に祭られているのはなぜか女性に思えました。私は社に手を合わせながら(ここで
戻ろうか?)と考えていました。
拝み終わると修羅さんが「ほら、足跡が向こうへ続いてる」と言います。
社の左手からさらに奥に行く道があり、そこにやはり新しい足跡が二人分あります。
私はそこに道があることに気づいていませんでした。
人返しの結界にまんまと引っかかった自分に苦笑すると同時に、結界が全く効かない
修羅さんに舌を巻きました。
ここからさらに登ると、中津岩磐・奥津岩磐へと行きます。全て縄張りで強固な結界
が張られています。
特攻隊長のしげさんはここでダッシュして先陣を切り、姿を消しました。
私とPITさんは顔を見合わせました。
「ここで名前は呼べないしな」と私が言うと「ハンドルでも駄目ですかね?」とPITさ
んが言います。ハンドルでもそれが自分の名前であると思っていれば呼べません。修羅
さんも顔をしかめています。
私たちは岩磐を横目にしげさんを足早に追いました。
岩磐かなり強い地場を放っていました。流石に結界の中へ入る気にはなれません。
奥津岩磐の後ろにしげさんは居ました。
穴が開いていると言います。
「龍の穴ですね」私はPITさんに囁きました。「大きいですね。あれは龍の道です
か?」PITさんはそこから奥へ下る道を指さします。
私は再び強い誘いを感じました。そして、とんでもないものを見ました。
魅了されて目が離せません。PITさんは私と違う物を見て強く警戒しています。
「足跡が続いているね」修羅さんが言います。
なるほど、例の足跡はさらに奥へ進んでいます。
「ただ者じゃないですね」PITさんが呟きます。
私は誘いに逆らいがたく、PITさんに尋ねました。「ここから先へ行くと言ったらど
うします?」まだ、そう尋ねるだけの理性は残っていました。
「体を張ってでも止めて見せます」そう答えたPITさんの目はマジでした。
これ以上その場にいると、最後の理性を無くしそうなので私たちは中津岩磐の前の場
所まで移動しました。
私には先程の誘いの影響が残っています。
そこで気息を整えるために一服しました。
左手の森の梢が風も無いのに次々と揺れて光が走りました。PITさんがそれを視線で
追いかけています。
「天狗が走りましたね」と声をかけると「いるものですね」と答えます。
私は、今度こそ下山するつもりで立ち上がりました。
その時、背後からすがるような視線を感じたのです。
背後からのすがるような視線に私は振り返りました。
左後ろの森の木の陰から子供が顔を覗かせています。思わず「あっ・・・・」と声を上げ
ました。間違いない。例の木琴の女の子です。
その子は私と目が合うとさっと木の後ろに隠れました。
私の横にいた修羅さんも同じ方向を見ています。
少し前に進んでいたPITさんが咎めるように私を見ていました。目が「早く降りてき
なさい」と語っています。
後ろに未練を感じながら下りようとすると、修羅さんが「今、子供がいたよね?」と
尋ねます。
「ああ、見えたの? あれが昨日の木琴の子供やよ」と答えると、「私にも見えた!!」
とそれこそ子供のようにはしゃぎます。私達が降りて来るのを待っていたPITさんが「
何かいましたか?」と尋ねると、修羅さんが「昨日の子供、私にも見えたんだ!!」と嬉
しそうに答えます。
PITさんは小首を傾げて私を見ると「いましたか?」と念を押します。「ええ・・・・」と
答えると、「そうか、こんな上で出るのか」と呟きます。そうして「本当に呼ばれてい
るんですねぇ」と私に言いました。私は無言で苦笑しました。
修羅さんは見えた事を素直に喜んでいる様子で多少ハイになっています。そして言い
ました。
「でも、女の子じゃない。男の子だよ。着物を着ていた」
私とPITさんは顔を合わせて首を傾げました。
PITさんは裸形の女の子として見ています。私は袴姿の女の子として捉えています。
いずれにせよ男の子には見えません。
そんな会話を三人でしながら私は首を捻っていました。普通、あの手の存在は目で見
る以上に、直感で捉えるものです。従って性別や年齢などは違うはずがないのです。
PITさんが「いわゆる童子。精霊でしょう。だから、相手に応じた姿になるのでしょ
うね」と言いました。
なるほどと思いました。
元が人間ではない存在ならそういう事もあるかもしれません。私は先程さらに奥から
私を誘っていた者を思い浮かべ、慄然としたものを感じました。
さて、5分程下りたでしょうか? 私は思わず声を上げていました。
「なんなんだ?! この違いは!!」
PITさんも頷きます。修羅さんは「何が違うの?」といぶかしげに尋ねます。
「登りはあんなにしんどかったのに、なんで帰りはこんなに楽なんだよ?」
「下りのエスカレータに乗ってる感じですね」
ふたりが同時に答えると、修羅さんは首を捻ります。
「同じだけど?」
「全然違うよ!!」私とPITさんは答えます。
空気も風景もまるで違いました。
いきなり周囲が明るくなったように感じます。呼吸も楽なだけではなく、すがすがし
さがありました。
足の運びはまるで雲の上を飛ぶような軽さを覚えます。
実際、光景までもが違うのです。登りには気が付かなかった様々な物が見えます。
登りにもあった物なのに、その重要さに気付かなかった物ばかりです。
そして休憩をした広場で私達は息を飲みました。
修羅さんが掃除ををし、私が横に座っていた椅子のような石に、わざわざ我々に見せ
つけるように、白いペンキで「三霊」と太く書かれているのです。
その意味する所におののくと共に驚きを禁じ得ませんでした。
ちなみにここまで私達は誰ともすれ違っていません。だとすると、最初から書いてあ
ったと考えるのが普通でしょう。
総勢7名が結構長い時間休憩した場所です。私以外の人はあちこち見て廻ったはずな
のに誰一人気付かなかったのは不思議でした。
さて、ここからが石段になります。
実は私はかなり昔から、三輪山に関わるある秘密を聞いていました。それはPITさん
には話してあったのですが、登りではそれを発見出来ずデマであったのかと思っていま
した。
階段を下りようとした時、PITさんが私を引き留めました。やや興奮した表情で指を
さします。秘伝は本当でした。そして、私の想像を凌駕していたのです。
ふと、気付くと、私達の話を側で聞いていたしげさんの足首を誰かが掴んでいました。
それに気付いたのかどうか?
しげさんは以降、先頭を走るように下りて行きます。こけるから危ないとの忠告も聞
こえないようです。後で聞くと何かに追い掛けられている気分だったそうです。
階段を下りるときキツツキが鳴きました。
参加予定で来れなかった吉祥院さんの式かなと皆で談笑しました。
戻るときにはかなりの精神的余裕がありました。登って来る方々とかなりすれ違いま
したが、自然と「ご苦労様です」と声が出ました。
我々は爽やかな気分で下山する事が出来ました。狭井神社にたすきを返し、椅子に腰
掛け、汗が乾いていく心地よい感触を味わいながら、満ち足りた気分に浸る事が出来ま
した。
この素晴らしい御山に登ることが出来た幸運を感謝せずにはいられませんでした。
以上で三輪山探訪記の本編は終わるのですが、蛇足ながらここに付け加えておく事が
あります。
自称地図オタクの修羅さんは、この後の山辺の道散策で航空写真の地図を購入されま
した。三輪山近辺の地形が分かる興味深いものです。
私はお守り替わりに水晶の曲玉のネックレスをしていました。
洒落で修羅さんから地図を借り、やたらと呼ばれた場所を特定しようとマップダウン
ジングをしてみました。
ネックレスをまっすぐにぶら下げ、揺れないようにゆっくりと地図の上を移動させる
のです。目的の場所あたりでネックレスの先が小刻みに揺れたりして、その場所を指し
示します。これがマップダウンジングです。
私と修羅さんが好きな小説でマップダウンジングをする描写があったので、その真似
をしたつもりでした。動くとは思っていませんでした。
ところが、ぶら下げた水晶は三輪山の頂上からやや北東(ちょうど私が行きたいと思
った辺り)で異常な揺れを示しました。
「なんや? これは?」と私は思わず声を上げました。
曲玉の先を何かがクイクイと引っ張るような動きです。皆が覗き込みます。私は手を
固定して動きを止めようとしましたが、まるで無駄です。動きは意図的なものへと変わ
ります。
「これは・・・・文字を書いていますね」PITさんが呟きました。
確かに、うねうねとした奇妙な文字を書いているように見えます。
梵字ではありません。呪符などに書かれている奇妙な文字を想起させます。
私は手印で曲玉の辺りの気を払うと、ネックレスを収めました。
メッセージを受け取ってしまうのが怖かったのです。
しかし、私たちは毎年、冬至と夏至の頃には、三輪へ参るようになったのです。
長々と駄文におつきあい頂きありがとうございました。m(__)m