三輪山探訪記・阿紀神社周辺探訪記(6)

今回ナビに徹する私(中央)
 常世は静寂の極みにあった。
 凍てついた空気は湖面を覆った氷のようにこの世を包んでいた。
 けれど、澄み切ったこの世の空気の向こうでは、風が吹き荒れていた・・・・・

 木刀はどうしよう?
 家を出る時、そう迷った記憶がある。
 今回は初めての三輪にも似た警戒が心のどこかにあった。
 多分、阿紀神社に行くのだし・・・・・、そう思い、木刀は置いて来た。仮にも斎宮が
おわした場所へ行くのに木刀はないだろう。そう思った。
 それでも護符の類はフル装備とした。
 まさかカメラを忘れるとは思わなかったが・・・・・

 ・・・・・今回は心象風景と現実に差がありそうで戸惑っています。
 桜井のミスドに着くまでの記憶がまずあやふやです。(^^;
 家を出た後、記憶がいきなり桜井駅だ。予定より一時間早く着いたのです。
 ノートを広げてレスでも書こうかなと思っていると、早々に日出倭さんが来られま
す。お元気そうで安心しましたが、最初、日出倭さんだと分からなかった。ガードの
気が一枚軽くなって生身に近く感じたせいでした。
(今回は素で挑むのかな?)
 そう思いながら会話をしているうちに皆様お集まりになります。
 おや? と思ったのはPITさんもそうでした。
 いつになくぴりぴりしている感じです。聞くと雄神神社で用を足したと言うので国
津あたりで因縁をふっかけられたかと思い、尋ねると、おだやかだったと言います。
 日佳里さんは髪型と雰囲気がハイアットちゃん(byエクセルサーガ)しています。
 運転手三人が通常状態じゃない!(^◇^;
 とは言え、三人とも単に地に近い状態なのかもしれない・・・・・(゚゚;
 PITさんは元々短気だしぃ〜ヘ(゚゚ヘ)☆パシ\(^^;)
 お初のラン2さんも来られ、挨拶も済ませた所で、行き先はやはり阿紀神社になり
ます。レッラゴと出発です。
 (..;・・・・・カメラがない!(^◇^;
 (゚゚;・・・・・阿紀神社、相当濃いかも・・・・・
 見鬼君、いつもの室生コースへとは一本違う道を選びます。迂回による最短コース
ですが、私には素戔嗚神社を避けたコースにも見えます。車が少ないので予想よりも
遙かに早いペースで道程が進みます。あっと言う間に纏向の結界から出ます。
 やや上り坂の道をスローペースで進みます。この辺りで静けさが際だって来ます。
 私とPITさんはしばし無言状態になります。
 私は煙草に火を点けながら後続車との車間距離を話題にして、何気なく言います。
「なんだってこう騒がしいんだろう?」(誤字ではありません。あちら側の話です)
「殺気立ってますねぇ〜」
 PITさんはほがらかに言います。
「三輪は抜けてて、こうじゃなかったけどねぇ〜」
「冬至の準備かな? それとも三輪のお方がこっちへ来てるんで警護体制とか?」
「ありえますねぇ〜」
 なんだか超絶逸な会話をする内に見慣れた光景が・・・・・榛原です。そう言えば小学
生の頃、祖母がお茶の行商をしておりその仕入先がこちらでした。私は度々仕入れに
付き合わされたのです。
(そう言えば祖母は若い頃、高野から榛原まで歩いて通ったって言ってたな・・・・・)
 故人の思い出に浸っていると、車はススキ野の山(地図を見るとカザグルマ自生地
とある・・・・・( ̄ ̄;ウットリ)へ入ります。西山と言うらしですが、雰囲気が尋常ではな
い。異界です。
「まさかこの辺り?」
 おののいて呟くと「こんな所で止まったら、わたしゃ泣くよ」と珍しくPITさんも
弱腰です。
 ようやくやり過ごし、ほっとしていると「ルートガイドを終了します」と見鬼
君・・・・・( ̄▽ ゚̄ 
 先程のが強すぎたのか? あるいはこの辺りが全て尋常じゃないのか?
 私とPITさんの天然レーダーも聞きません(゚-゚;;タラ〜
 周囲を見渡しても何にもない!
 やむなく車を下りて人を捜します。
 こんな所じゃ民家に上がり込まないとダメかしらと思っていると、向こうから年輩
のハイカー三人が・・・・・
 こんな場所、こんな時間にどっから来たんだ? このハイカー?(^^;
 自分を棚に上げて不気味を覚えます。
 折良くハイカーの後ろの民家からお婆さんが出て来たんで、こちらに尋ねます。
「すいません。阿紀神社はどちらでしょうか?」
 お婆さんは立ち止まり、大変珍しいものを見る目でつくづくと私の顔を見回してニ
タ〜と笑います。ほいと手を指し「神社ならそこぞえ」と言い私の後ろに視線をや
り、三台並んだ車を覗きます。「ぐるっと回るとええ」そう言いながら物言いたげに
私の顔を見ます。
「なにしに来た?」
 その言葉を老女は飲み込んだようでした。(^◇^;
 車はあぜ道に近い舗装道をうねりながら下ります。途中、古い句碑があり怪しげで
した。
 阿紀神社の前に来て私はようやく納得します。
 前面の丘陵。背後の山。その間の清流。
「安全地帯なんだ・・・・・」
「昔の人はかっしこいね♪」
 独白にPITさんが応じます。
 霊的にも軍事的にも少数が身を隠す絶好の場所に阿紀神社はありました。

「神武天皇 紀州熊野の難所を越して大和国宇陀へ出て 当地阿紀野において御祖の
神を敬祭り国中へ押し出すとき朝日を後に戴きて日神の御位勢をかり賊軍を打ち払い
 御運を聞かせ給うと 当社古文書にあり 祭神は伊勢神宮と御同体の天照大神、社
殿は神明造り南向きと、伊勢神宮と全く同じ建方になっております
 境内にある能舞台は宇陀の地が元和以来織田藩の治所となり三代長頼公時代に始め
られたものといわれている」

 鳥居横に掲げられた看板に、私は半ば呆然と視線を投げかけていた。
 倭姫の「や」の字もありません。
 代わりに予想もしていなかった神武東征が出て来ました。
 そして織田家・・・・・
「さびぃぃぃぃ〜〜〜!!!!」
 車から下りてきたしげさんが襟元を抑え縮こまって叫びながら、そのまま特攻をか
けて行きます・・・・・
 私は寒さを感じていませんでした。無意識にアドレナリンが出ているのでしょう。
 つまり・・・・・ここは一筋縄の神社ではないのです。
 コンパスを取り出します。
 鳥居は北向き。見上げるとなにやら剣呑なのがいます。
 潜ると豪と風が舞いました。側にいたPITさん、日出倭さんと思わず顔を見合わせ
ます。
 日出倭さんは私にカメラを貸してくれました。
「良いのかい?」
 そう尋ねると「私が撮るよりSINさんが撮る方が面白いものが写るでしょう」と
笑います。
 その時は、本当に面白いものが写るとは思いませんでした。
 北向きの門を潜り川の手前で右に直角に参道は曲がります。
 参道を昇ると能舞台があります。
 手入れされた様子がない吹きさらしの舞台です。
 一見して寒気を覚えました。鬼気があります。
 役者が来る廊下は、来る途中で恐怖を覚えた山に向かっています。何を呼んで舞わす
気なんだ・・・・・いぶかしんで天井裏を覗くと巨大な蜘蛛が巣くっている気がして、すぐ
離れました。
 気が付くと舞台の東裏手にもなにかあります。
 井戸でした。
 今にも貞子が現れそうなその井戸は、近年何者かがコンクリートで封をした痕跡があ
りました。社の位置がここ百年変わっていないとするなら、この井戸の位置は奇妙とし
か言えません。
 参拝客が利用出来る位置ではないのです。
 井戸のある辺りは本殿に対し明らかなデッドスペースになっています。
 能舞台と本殿に行くまでにある祠が、この井戸を殺しています。
 神社にある井戸を殺す。
 これは少しでも神道を囓った人間なら決してしない事です。
 水脈が枯れていても井戸を生かすのが普通です。
 興を覚えて参道を進んでみました。
 
                 @@@@@@@@
                 @      @
                 @  本殿  @
                 @      @
                 @@@@@@@@

 :     @@@@@@@@@@
 :参    @祠6社     @
 :     @@@@@@@@@@
 :               @@@
 :               @布@
 :  ・・・・・・・・・・・・・@@@
 :  :              @
 :  :              @ @
 :  :             @ @
 :  :            @ @
 :  :       @@@@@  @    井戸
 :  :       能舞台   @
 :  :            @
 :道 :       @@@@@@

 この辺りの大まかな配置は上図です。
 参道を上がるとどうしたって三柱ずつ並んだ祠六社を拝む形になります。
 そしてこの六社の奥に南面する小さな社が一つぽつんとあります。
 通常で考えれば、六社は本殿を守護する者で、一つぽつんとある社は本殿と同格も
しくは血族であるはずです。
 側に行くとこの祠六社ともう一社は最近建てられたのか、常に人手が入っている様子
があります。
 まず参道側の3社。「大国主命」「月夜美命」「日臣命」とあります。
 日臣命が誰を指すかは分かりませんが、普通は3柱の真ん中は最高位。そこに「月夜
美命」(表記漢字に注意)があると言うのは特筆すべき事だと思います。
 ちなみに私は月読さんとは因縁があり、彼に関わるとろくな目に遭いません。
 隣の3社は資料写真がないため名が分かりません。聞いた事のない神様でしたが、
その配置は月夜美を踏襲するものであったと記憶します。
 神社縁起にあった「神武東征」に思い当たります。
 神武は「日の威光」を頂くために月読を祭らねばならなかったのかもしれません。
 そうなると奥の南面する社は何だろう?
「須瀬理姫命」とありました。(字は間違えているかも・・・・・)
 ここで布都一族の姫君。大国主の后に会うとは思いませんでした。
 再度周囲を見回します。
 あからさまに意図的なこの配置。神の名を記した木は真新しい。つい最近に祭神の名
を記したのは間違いありません。
 大国主からスセリを引き離して南面して祭る意図。
 そんな事を考えながら、スセリの社の後ろから、本殿後ろへ右回りで行こうとする
と、がっ!と頭上で音がして、大人の太股ほどはある松の枝が落ちて来たので、これ
を避けて後ろへ飛びます。
 苦笑しました。
 妨害にせよ警告にせよ。行きすぎています。
 本殿裏のあたりで、向こうから日佳里さん、るなさんの声がする「ねぇ、危な
いねぇ」そんな事を話しています。彼女達にも何かが落ちて来たのかもしれません。
 本殿は荒れていました。 
 気配もありません。空き家の気配と同じです。
 神武が関わる神社でアマテラスが祭られているのなら、多くの資金と人手が入るは
ずです。それが無いのなら、ここはアマテラス本来を祭ってはいないのだと思いまし
た。
 居宅だったんだな。そう思いました。
 女性の臭いがあるから、やはり倭姫が一時期住んでいた場所なのかもしれません。
 参道を戻りながら他の配置なども確認します。
 川の流れを上手く利用しています。
 この川の水は清くて源氏ホタルが自生しているとの事でした。
 この川に朱塗りの橋が架けられています。
 川の向こうに、最初、神社かと思った小山がありました。
 ちと気の立ち方が普通ではありません。注視していると、すでにPITさんがよじ登
ろうとしています。
 二人して登ります。
 近所の方もここへはあまり登らぬようです。
 剣呑なのがあちこちにいます。ただの山とは思えません。
 頂上辺りは開けた空間がありました。
 そこへ近づく危険は私もPITさんも避けました。
 ただ私はカメラを向けてみました。
 ファインダーを覗き、見えたものに絶句して、いったんカメラを下ろします。
「・・・・・これは・・・・・写してはいけないんだろうな」
 そう呟くと「そりゃそうでしょう」とすでに下りる体勢でPITさんが応えます。
 それでも私は撮りました。
 戻って見ると、川の端でPITさんと日出倭さんが、小さな船着き場のようなものを
指さしています。護符や人形を流す場所かと思いながら、これまでの画像を見せよう
とすると・・・・・光のシャボン玉が見えたと思ったら、カメラがCFを認識しなくなりま
す。
 日出倭さんの顔が引きつります。(ごめんよ〜)
 後日調べると、阿紀神社の画像はすっぽり消えていました。
 入れ替えってもらったCFで再度、急ぎ足で資料写真だけを取り直します。
 消えた写真は色んな意味で確信犯の写真であったので惜しかったです。
 しげさんの強い希望で次は八咫烏神社へ向かう事になりました。

「ルートナビゲーションを終了します」
 その女性の声に突っ込む気力はもうありませんでした。
 周囲を見回しても農家があるだけで人気もありません。
 左奥の森が多少気が強いので、神社はそちらの方向かと思いますがが、この辺り一
帯が神域の気を放っているので確信する事は出来ません。
 半ば呆然とした表情でPITさんは車を止めます。
「ちょっと探してみるので、そのまま待っていて下さい」
 私は車を降りると左への細い農道を駆けました。
 しばし行くといきなり参道の真ん中に立っていました。参道は坂になっていて、下
を見ると割と大きめの車道に面して鳥居があります。
 PITさんに連絡して、私は石に腰を下ろして煙草に火を付け、皆を待ちます。
 八咫烏神社。
(由緒書) (舞台)
 武角身を祭る場所のはずなのですが、なにか違和感があります。
 参道から真っ直ぐに上がると普通は本殿ですが、そこはぽっかりと空き地になって
白砂に覆われています。神社らしいきちんとした結界はありませんが、空気は清涼
です。山手に向かい能舞台があり、ここに祭壇があります。神職はここで儀式を行う
ようです。どちらかと言えば託言を受ける場所に見えました。
(結界の代わりの石碑) (本殿横の塚・朱土に注意)
 山の中腹に朱塗りの社があります。規模は小さいですがこれが本殿に当たるのでし
ょう。八咫烏を朱塗りの社に祀るのもおかしな話ではありますが・・・・・
 これが本殿でないなら、本殿そのものは、この白砂の下に埋められ常に踏まれている
と言う恐ろしい事になります。
 そんな馬鹿なと思う方もおられるでしょうが、過去、私達はそういうものを見て来
ています。
 いずれにせよ、その山以外には霊気を漂わせるものが何もありません。その「ない」
と言うのが、最初に感じた違和感の元だったのです。
 由緒書きには神武東征を詠い、右翼の方々も多々見えられている気配があります。
 実入りも良いのでしょう。敷地の整え方もお金がかかっています。阿紀神社とは雲
泥の差があります。
 なのに何もない。
 あるのは諦観に似た哀しさと寂しさです。
 この感情は若い女性の感じがします。
 皆が集まって来ました。申し合わせる必要もなく私とPITさんは山へ向かいます。
 PITさんは途中で石畳の階段を無視しました。
 すっとそれて本殿横へ上がります。私もそれに従いました。本殿の様子を伺いなが
ら、山の上を目指します。
 本殿は市杵島か弁天を祭る感じに見えました。注目すべきは本殿敷地内に塚がある
事。そして朱色の土が見える事です。この土が天然なら、この辺りは水銀鉱脈がある
事になります。
 ないにも関わらず朱砂を撒いたなら、この社の神は冥府の者です。
 上って見ると意外と小さな小山で形が整っていました。ほぼ円錐形なので人工(古
墳)なのかもしれません。死火山の火口のように中央部が大きく窪んでいます。
 昔は泉でも湧いていたのかな? と思います。そうなればあの朱塗りの社も納得出
来ます。水神の祭り方です。
 ここでも先の台風の被害が見られました。倒木が激しい。
 ただ、倒木は窪みを中心として螺旋状に発生したのが見てとれました。
 他の場所とは、ここだけ倒れ方が異なります。
「龍が昇天しましたかね」
 PITさんが呟きます。妙に嬉しげな表情です。もう、しげさんが倒木を越えて窪み
の中央部へ特攻かけています。
 水気はあるかいと尋ねたましたが、分からないとの事でした。
 帰り際、なにやら心残りでシャッターを切ります。
 悲しげな少女が写って見えたのは感傷でしょう。 
(本殿遠景)
 さて、困った。
 2000年を迎え、私は心身共に極限の状況にあっりました。正直、今こうして生
きているのが不思議に思える位です。今も微妙なバランスの中、生かしてもらってい
る状態で、これが狂えば、いつ死んでもおかしくない状況は変わりません。
 皆様のご助力でなんとか支えて頂いているのです。
 で、第6回三輪山探訪記の記述は、実は八咫烏神社で途絶えたままでした。
 途絶えていた事に、HPを立ち上げ、ログ検索してようやく気づいた位です。
 書き足さなければなりません。
 ところが、記憶がない。
 本当にすっぽりと抜け落ちています。呆然としました。
 写真を見れば思い出すかもと、再度、眺めて見ました。断片的に蘇る光景・会話はあ
ります。
 しかし、それが自分の体験と言う実感が伴わないのです。
 昔見た映画の光景を思い出すような冷めたものです。
 幸い、他のメンバーの方々が様々に書き残してくれたログがあります。
 読んで見ます。PITさんや日出倭さんの記述は上手い。ああ、私はこんな事をしてい
たのかと、半ば苦笑混じりで思いますが、それも夢のように朧気です。
 従って、以後の記述は、自分の事でありながら他人が行った事を見聞したような思い
で書き足す事になります。

「食事はどうします?」
 誰かが言いました。ナビを見ていたPITさんが、この辺りはファミレスなども無さそう
ですから、室生寺のいつもの食堂で食べましょうと応えます。
 なんだか表情が妙に嬉しそうに見えました。
 安紀神社でも気づいていたのですが、妙に気になる山が三つ並んでいます。
 中央のものは三角錐に近く、かなりの霊気をはらむように見えます。
 ここ八咫烏神社から室生に向かうには、この三山が鬼門方向に見えるように車を走
らせる事になります。
「自然のものだとしても、あの形を利用しないはずはないよね」そう呟くと「私らで
も、つい仕掛けをしたくなる形ですもの。何もない事はないでしょうね」PITさんは
努めて冷静に応えます。
 実はお互い行きたくてうずうずしていたのですが、他の方々への迷惑を思い、気持
ちを抑えていました。
 私は助手席でコンパスを取り出して見ます。三山は鬼門からは、やや北にはずれ
ます。本当の鬼門は山並みが抉られたように途切れた方向です。かすかに海の気がし
たように感じました。伊勢の方角かもしれません。
「あれが鬼門だ」そう口に出すとPITさんも驚いたようです。
「鬼門が口を開けているならこの土地も大変だ」
「あの山・・・・・」「仕掛けてますね」
 以後、会話の記憶がありません。静寂の中、山々に気を飛ばしていた気がします。
 ふと気づくと、室生の食堂で川辺の畳席へ上がろうと靴を脱いでいる自分がいました。
「また、そっちへ座るんですかぁ〜? サドですね」
 PITさんが嬉しげに声をかけて来ます。
 登山用の靴から足を解放したかったのと、背中が痛むので畳を選んだのですが・・・・・
 川の流れを見ると寂寞とした思いが募ります。
 その思いを心の奥にしまい、私はツアーコンダクターになる事にしました。
 今回参加して頂いたラン2さんは「平安京探偵団」と言う素晴らしいHPを立ち上
げておられる才媛です。
 私は室生(この場合、吉野と言うべきか)での古代太陽信仰の痕跡や、謎としか言
いようがない礎石群について、色々ご教示頂きたい事があったのです。
 大変勉強になりました。m(__)m>ラン2さん
 室生寺はまるで人払いの結界が施されていたかのように人気がありません。
 修復の木槌の音のみが空高くに響きます。
 今回の三輪探訪は静謐の一言に現されていたように感じます。
 次に訪れた、龍穴神社の鳥居を見た時、私は一瞬固まりました。
 鬼がいる・・・・・
(中央に鬼いません?(^^;) (龍穴神社全景・今回は明るい)
 PITさんと日出倭さんがさりげなくバックを取りながら護衛に入っているようなの
で、私はラン2さんを神社の横の川へ案内します。
 戻ろうとして思わず固まりました。気配を消して幽鬼のごとくPITさんが立ってい
ます。なんとも悪戯気な笑いをたくわえています。
「なにかやりましたね?」
 近寄って耳元へぼそりと囁くと、「いえ、別に・・・・・」と微苦笑を残して本殿へ戻
ります。
 ああ、なにかやったんだと確信しました。
 私は気を引き締める事にしました。
 車に乗って天の岩戸神社へ。
 龍穴神社もそうでしたが、今回はなぜか明るい。女性陣はとてもにぎにぎしい。
 天の岩戸の隙間へ突貫して行きます。引き込まれたのか、PITさん、しげさんまで
も入って行きます。  
 仮にも天の岩戸の前でこんなに騒いだら何か出るんでないかい?
(天の岩戸・前回と比べて頂きたい。社はない)
 傍観していると離れて引きつった表情を浮かべていた日出倭さんが「音がしませんか
?」と言います。
 音は車を下りた時からしていました。
 ジェット機の音に似たものが広範囲に鳴り響いています。
 私は空を見上げました。
 何かがうねっています。大規模な移動が行われている気がします。
  誰かが「記念写真を撮ろう!」と言いました。PITさんがいそいそと三脚を立てま
す。構図を確認するふりをしてPITさんの側へ寄ります。
「見えてます?」
「ええ、にぎやかですね。喜んでいるんでしょう」
  んじゃ、構わないかと思い全員で記念撮影。
 次は吉祥龍穴へ。
 これまでになく気の圧力が少ないので首を傾げます。
 ちと事情があってるなさんが、社で蝋燭をともし、祈りを捧げています。
 灯火に集まる連中もいますが、なんか女性ばかりで危害がありそうなのはいません。
 背後でるなさんを見て居ると、何か上流から刺すような気配がします。
 見上げるとPITさんでした。(苦笑)
 時として彼の気配は鬼神と変わらぬ時があります。PITさんはこちらを心配すると
同時に上流へ上がりたいようです。
 今回の龍穴は、大物達がいないようなので、こちらは大丈夫と手を振ると、頷いて
上流へ姿を消します。
 私は吉祥龍穴の凹型に抉られた一枚岩に横になります。
 この一枚岩、大人4・50人が等間隔に並んで寝そべるだけの巨大なものです。
 対岸の岩の上から、ちょろちょろと覗く者がいます。みな若い女性ばかりです。
 いつの間にか横に来ていたPITさんも私の横に寝そべります。
「上流はどうです」
「面白いものがありましたよ」
「宿で見せて下さい」
 自ら行こうともせず、こう応えた辺り、私は常とは違っていたのかもしれません。
 二人はしばし無言でした。
(PITさん提供。龍穴上流。人工的加工が見られる)
 しばらくしてPITさんが言います。
「今回はお留守番しかいないようですね」
 同じものが見えるのかなと思いながら、「吉野の方で何かあるんでしょうかね?」と
相づちを打ちます。
「そう言えば、蝋燭なんかなんで灯したんです?」
「あれは私じゃないですよ。私がやれば巻き込むでしょう?」
「ああ、SINさんにしてはおとなしすぎるからおかしいと思ったんですよ」
 ・・・・・私は普段どういう奴に思われているのだろう?
 内心そう思っていると、るなさんも同じように寝そべります。
「・・・・・みんな幸せになれれば良いのに」
 そう呟きます。やはり同じ者が見えるのかと思いながら、「あれで幸せなのかもし
れないですよ」と答えました。
 
 お宿でのサバトは覚えているけど書きたくない。

 で、本番の三輪です。
 登山途中の記憶は全くありません。M/A-Shadowさんの息子さんが足を痛めている
との事なので気をつけていたのですが、異様に元気だった事しか覚えてません。
 三輪も人気がありませんでした。
 これは異例なのかもしれません。
 冬至・夏至前後の日曜日の三輪は盛況です。
 でも人と出会いません。
 奥津岩磐の前で私は座禅を組む事にしました。
 良くしたもので、日出倭さん以外はさらへ奥へ進みます。
 日出倭さんも心得たもので、声をかけなくても影響範囲の外へ出ます。
 彼は立ったまま、息長式に似た呼吸法を行っているようです。
 瞑想中の記憶もまたありません。
 ふと背後に鬼気を感じたので振り返るとPITさんがいました。
 なんだってこう気配もなく現れるのだろうと思っていると、上と下から人が来る気
配がして、岩磐周辺の気が乱れました。
 ここまでかと禅定を解きます。
 戻ってきたしげさんと日佳里さんが目を丸くして驚愕の声を上げます。
 彼らは先行したPITさんを追ったのですが、姿が見えぬのでいったん戻って来たそ
うです。
 奥津岩磐から先(慈恩寺)へ進む道は細い一本道です。
 そのどこでもすれ違わなかったので驚愕しているのです。
 PITさんは困ったように頭を掻きます。
「私は普通に行って戻りましたけど・・・・・」
 しげさんと日佳里さんは納得出来かねぬようです。
 まぁ、PITさんだからそういう事もあるさねと思っていると、頭の中で若い女性の
声が響きました。
「やる事やったら、ちゃっちゃっと下りる! 喰っちゃうぞ!」
 美女を喰うのは好きですが、喰われるのはゴメンです。
 レイ君(M/A-Shadowさんの息子さん)と競争で山を駆け下りました。
 
 この後、桧原神社へ行きたいとの申し出があったので車を飛ばしますが、駐車場が
ありません。私は車の番で居残り組になります。
 車は農道に止めたのですが、妙に気になる丸い小山があります。
 こちらには駐車スペースがあるので、みんなで見学に行きます。
 名前は忘れましたが古墳でした。ホタテ貝型古墳と言うそうです。
(個人祭祀の社・古墳では珍しい) (古墳全景)
 宮内庁管轄かと思うと、どうも正面のお家の方が個人で管理されているようです。
 自由に上れるので皆、登ります。
 登り坂は右捲きです。
 私は途中でイヤな感じがしたので頂上まで行かず、戻ってみんなを待ちます。
 早々に下りて来たPITさんが「なんで登るの止めたんですぅ〜?」と確信犯の笑み
で尋ねます。
「右捲きだもん。妙な呪法に巻き込まれたらヤダ」
 そう答えると「私は道を無視して真っ直ぐ突っ切ってやりました」と笑います。
 ああ、その手があったなと思いましたが、再度行く気は起こりません。
 疲労と寂寞感が極限にあったのです。
「しょっぱなに月読だったもんなぁ〜」
 PITさんにそう愚痴て私の三輪は終わりました。

旅行記INDEX