室生寺異聞 (99/06探訪)



 みなさん、どうも。
 SINです。
 夏至を前に室生寺へ行って来ました。前回、訪れた時は五重の塔より向こうへは怖
くて行けなかったので、今回は奥の院が目標です。
 当日はあいにくの雨でした。桜井から車を走らせますが止む気配はありません。
 ところどころ土砂崩れの跡を見ながら走っていると濃い神社が点在します。
 室生寺近辺に来ますと道路の拡張工事やら舗装工事やらしています。
(話は変わりますが、室生寺へ行くとき大きな赤い橋を渡りますよね? あの橋渡っ
て少し登った辺り、若い女の幽霊いませんか?)
 ごんごんと下から突き上げる感触を味わいながら室生寺にたどり着きます。
 ここの駐車場、前のJRの線路下に土豪の入り口のようなものがありましたが、凄
まじいおどろおどろしさでした。
 車を下りると雨は止んでいました。
 「ほら、止んだでしょう」と同行の友人が得意げに言います。彼は桜井駅で室生寺
では雨が止むと予言していました。なんで分かるんだろ?
 彼は支給品として瓜生の水を配って下さいました。これはありがたかった。まさに
恵の水でした。ふと思いだし「あのさ、赤い腰巻きは妖怪避けだって知ってた?」と
彼に言うと呵々大笑します。
 藁葺きの屋根から、橋の板から、白い煙が立ち上っています。唖然として見つめて
いると「霧が出来る現場を見てるんだね!」と言う方がいました。私は心中、煙羅煙
羅と呟きました。
 境内に入りまず感じたのは前回とはまるで違う気です。
 実に柔らかい。水があるとここまで違うかと思います。
 門を潜ると気が変わるのは以前と同じですが、前回、山の左手上方より圧力掛けて
来たのがいません。今回は包み込むように迎え入れて貰いました。
 門を潜り左側にある池をつくづくと眺めます。道の両脇の溝は前回枯れていました
が、今回は雨のおかげで勢い良く流れてます。
「水があるとここまで違うんだ・・・・・」
 思わず声に出してしまいます。

天神社拝殿 天神社本殿。この杉の巨木の間から朝日が出る
憤怒神? 室生寺結界外の森・妖気があるよう感じられる。

 前回の天神社の階段の前にある憤怒仏の前で「これはなんだろう?」と皆で首を捻りますが、やは
り分かりません。私は前回気づかなかった左側のお墓と石仏に気を取られました。
 特に石仏ですが、女性が中に入って生きているように感じられます。
 これは写真に収めるのはやめました。

 五重の塔から奥の院へ向かいます。
 同行の一人がが首を捻っています。
 お堂の位置が変わっていると言います。確かに変わっているようです。
「結界を変えないと・・・・・」
 独り言のつもりで呟くと、
「対処出来なくなったんですね」と跡を続ける方がいたのに苦笑します。
 
 奥の院への道は脇に石仏が並んでいます。
 この石仏が妙に生々しい。恐らくは実際の女僧を模して作ったのではないでしょう
か? 仏ではなく生臭い彫刻です。
 しばらく行くと蜂が飛び交い妖気を放つ崩れたお堂があります。
 あんまり血生臭い代物ですので、奇異です。守護印切って近づきます。背後で「行
くんですか?」と非難めいた声が聞こえます。
 ちょっと覗いて私はげんなりしました。
「何がありましたか?」
 尋ねる声に「まぁ、見て下さい」とのみ答えます。
 お堂の内部の板の壁には無数のざんばら髪の生首が視覚的に浮き上がっていまし
た。ところどころ血糊さえあります。
 写真を写せば確実に写るでしょうが、流石に食指の伸びる代物ではありません。
 この室生寺、血生臭い事が多々あったようです。
 この後、地道が続きます。V字型に下り、又、上るのです。下りきった所に「細
石」にも見える巨石がありました。霊的な石です。
 この石の手前では巨木が倒れて道を塞いでいます。
 行くんなら覚悟しろよと言われている気分になります。
 しばし道を進むと、霧が濃くなって来ました。
 ミルク色の霧です。
 これは相当かもしれないと緊張します。
 他の方々は気にならないのか、歩調は変わりません。いつの間にか私は最後尾にな
りました。
 眼前に朱塗りの太鼓橋が現れました。その向こうは岩山で奥の院への石段が急勾配
で続いてます。

霧と橋 賽の河原上の崖。この窪みに賽の河原がある

 私はその光景に思わず息を飲んでいました。たなびく霧にその鮮やかさを失わぬ橋
の朱色。岩山へと続く細い石段。そのまま和製ホラーに使えそうな画面です。
 橋は明らかに異界へ通じています。
 皆、その橋をすいすい渡って行きます。(誰もがみんな操られているんじゃなかろ
うな?)そんな恐怖すら感じました。
 私は破邪の印を切って橋を渡りました。渡ると、本道ではない左側に妙に感じるも
のがあります。
 崖下にずらりと地蔵が並びます。石積みもあります。賽の河原でした。
 崖の上からはこちらを伺うモノがいます。
 早々に引き上げると、微笑を浮かべて待っている方がいます。
「やはり、そちらに行きましたか・・・・・」
「賽の河原なんですね・・・・・」
 私の言葉に頷くとその方はは本道に戻ります。顔つきが厳しいものになっていま
した。
 石段は勾配のきついものでした。ふと気づくと、ここも墓石を使っていました。
 文字通り黄泉路です。
 ひとりが道を外れます。その先にイヤなモノがいたので後に続きます。
「どうしました?」
「いや、滝だよ。お地蔵さんがいたみたいなんだけど・・・・・」
(内心、舌を巻いていると・・・・・)
「なんだってこう赤いんだろ?」と呟きます。
 私に返す言葉はありません。
 私たちは文字通り黄泉路を上る作業をしていたのです。
 滝口から石段に戻ると、休憩所兼お堂のような場所があります。そこから少し進み
ますと、気の質が変わるのに気づきます。神気に近いものに変わっていきます。そし
て右側の山頂あたりからは「厳しさ」を感じさせます。
(賽の河原ですらデコイだったのか・・・・・)
 半ば愕然としておりますと、木陰から人影がちらほらと見える気がします。気配で
はこの辺りを守護している感じです。
「まるで最初の三輪じゃないか・・・・・」思わずそう呟きました。兄弟のような関係な
のかもしれません。
 頂上のお堂の影が見えた頃、強力な磁場を放つ岩磐が見えます。
 ぞわりと肌が逆立つ程の代物ですが、視覚的に見える程の結界があります。
 結界には入り口としての穴があるようですが、穴の前には石仏が鎮座します。
 遠目にも眼光の鋭さが伺われる石仏です。(まるで、小野篁だな)
 特攻は諦めて頂上へ向かいます。
 すでに左手上方には斜面に建てられた金堂?の基礎部が見えます。柱と張りが組み
合わされ、せり出した舞台のような回廊を支えています。
 基礎部の空間になにやらわだかまった気のようなものを感じますが、無視して階段
を登ります。
 ぽっかり
 頂上では、なにもかもが突き抜けて解放された感じでした。思わず天を仰ぐと空が
近い。
 安堵の息と共にレインスーツを脱ぎます。
 汗に濡れた腕が露わになり、その腕を風が撫でて行きます。なんとも言えず爽やか
な心地です。
 下から見えていた金堂前の休憩所で煙草に火を付けます。
 同行の方々はは右側北東方向の山になにかあると気にしています。残念ながら行く
道はありません。
 社務所の横、ほぼ北の方向に巨大細石としか表現出来ぬ巨石が鎮座します。周囲の
岩とは異質なもので(まさか人工じゃねぇだろうな?)などと思います。
 この岩の上には石塔があります。どういう技術で乗せたのか興味がありますが、非
常に近寄りがたい雰囲気があります。
 

室生寺山頂への階段 石 塔

 私は来た道を見下ろす位置にある金堂へ向かいます。
 金堂の回廊を回ると、力士型の中年男性が三人います。軽く会釈を交わしますが、
どうやら「逸」な方々のようです。
 回廊からの光景は「清水の舞台」を想起させました。「清水の舞台」はここの真似
なのかもしれないと思います。
 さてと、私は先の岩磐が気にかかります。行くとオーバーハングの崖に岩磐が数点
あります。
 ひどく強い誘いを感じました。
 ひとり岩磐へ向かいます。結界祓いを行い、石仏の前に出ます。「なんだお前
は?」石仏はそんな視線で睨みます。どうやら江戸時代中期位に作られた感じ
です。
 通りますよと心で呟くと、まるで刀の鍔に指をかけるような殺気を放たれた気がし
ました。まいったなと思っていると、岩磐の奥からお迎えが来たような感じがしまし
た。それで石仏が嘘みたいに一切の気を放つのを止めたように感じたのですから、我
ながら調子の良いことです。
 鉄条網を潜る時、ここは本当に危険だから立入禁止なんだと肝を冷やします。
 座る場所を指し示しめされた気がしました。
 ちらりと首を出して下を覗きます。遙か彼方下の駐車場が見えます。
(落ちたら死体・・・・・)
 ま、いいかと覚悟を決めて禅定に入ります。
 ミルク色の靄に肉体が螺旋状に包まれるのが分かります。
 座ると同時に深い領域に精神が入り込みます。
 ここは本当に神域だ。そう思います。
 豪雨で勢いを増した川のせせらぎが妙なる音楽として耳朶を愛撫します。
 ここ最近電話の混線で聞こえた雑音と同じです。
 あの時から呼ばれていたのかと思います。
 意識は天へと上ります。
 雲々の下、山並みが見えます。山並みに共鳴しせせらぎと和音を成す妙音が雲の上
からします。川は飛鳥へと流れます。ここは飛鳥を潤す拠点なのです。
 夢見る心地がしました。
 魂は完璧に肉体から離れていたように感じるのです。
 やがて意識は肉体へと戻ります。
 常にあったミルク色の霧は天高くに消え去っていました。
 崖下の光景が鮮明になっています。
 個人的にはこの室生でひとつの節目が終わった気がしました。
 室生は古代からの神域である事を確信しました。
 私はまるで疲労を覚える事無く山を下りたのでした。

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