【奇妙な話】ご参拝です
名古屋に住む友人から電話があった。
奈良の奥地にある神官もいない古い神社をネットで見つけた。神官もいないその神社は限界集落の老人達の手によりかろうじて朽ちずに存在するものだが、日本最古の神社と言える代物で磐坐をご神体として拝殿も社も無い。だが、そのパワーは抜きん出ているのがネットの写真からも窺えると言う。喋りながらその写真をメールに添付して送って来た。
写真を見てみると言葉通りただならぬ神気を放っている。ここまで強いと耐性の無い者には魔性と変わらないレベルである。
どうしても行きたいが、近くのバス停から地図に無い参道を五キロも山中に入らねばならないと友人は言う。そこで私に車を出すことを願い出ると共に山奥の聖地に慣れた私に同行を頼んできた。
私も観た以上、簡単な祭祀を行う義務感を抱いたので、快諾して日時を決めた。
約束の日。私の家の近所のコメダ珈琲で午前十時に待ち合わせた。私の家は大阪市内にあるが交通の便が良い。待ち合わせには絶好の立地で、ヘビースモーカーの私には喫煙席のあるコメダ珈琲は待ち合わせにはありがたい。高い税金払っているのだから、喫煙者を犯罪者の様に扱う風潮は耐えがたい。
友人は約束の時刻の少し前にやって来た。春用の登山服に膨らんだリュックを背負っている。カメラが趣味の彼女だから、カメラ機器を一セット纏めて持って来たのだろう。
お互い近況を話して空気が和んだところで車で出発した。
大阪から奈良県宇陀郡の山奥へ向かう。事前の調べでは大阪から約二時間の行程のとなる筈だ。と言うのも途中で有料道路も片道となり事故など起きれば、何時間立ち往生を食らうか分からない。高速を順調に降りれば、奈良の国道を走るのだが宇陀郡から山を登る道路は九十九折りのカーブが続く上に、車一台が何とか通れる酷道で、ガードレールやミラーの設置も十分では無い。近畿圏のドライバーには周知の事実で、乗り越えないといけないハードルでもある。が落石も多くガードレールも無い急カーブも少なくないので、崖下に落ちる車は少なく無い。落ちたら生きていても携帯が通じないから、死因が疲労凍死なんて救いの無い話も多い。
慣れているから、平均40キロを超えるスピードで走ったら、友人は助手席で悲鳴を上げ続けた。自動車の目的地、村営の駐車場に車を止めると、彼女は大きな安堵の息をつき、時間をかけて深呼吸で呼吸を整える。
「君、飛ばしすぎだよ。僕を殺すつもりだったのかい?」
「とんでもない! 地元の軽トラなら、60キロは平気で出すよ」
「軽トラは山道のポルシェじゃないか!」
「俺の車も軽だけど……」
「コペンじゃないか! あれはスポーツカーだよ。で、こっからどう行くの?」
「そこに看板がある。坂道を真っ直ぐ登るらしい」
「これが道? 傾斜15度はあるんじゃない?。コンクリートが苔に覆われているよ?」
「除草されているだけマシでしょ? 山歩き出来る靴でおいでと言った意味に納得でしょ?」
道は幅員が大人二人程度で、向かって右側に崩れた土塀が続いている。昔は大きな敷地の立派な神社だったのかもしれない。左手は切り立った崖で所々、道が崩落した後がある。崖下を覗くと、綺麗に整地された墓地で相当古い卒塔婆型の苔むした墓もある。
(もしかしたら、今も土葬なのかな?)
そう思わせる雰囲気のある場所である。この上に神社。夜に来たら肝試しコースだなと思ったが、口にはしなかった。相方は滑らぬ様に坂を登るのに必死だからだ。
もう少し登ると道は直角に左に曲がっている。右手に崩れた土塀が相変わらず続いている。左手は鬱蒼とした竹藪になっているのが見えた。
うん。雰囲気抜群だ。陽が暮れる前には絶対帰る!
そう心に刻んで、道を曲がると真っ正面500メートル先に小さな鳥居が見えた。奥はこんもりとした森となり、鳥居の奥は闇に塗り潰されている。
(―――えっ? ウソ? こんなん訊いてない!)
見えるのはコンクリート製の小さな鳥居だ。どこにでもある。だがその奥の暗闇から、後ずさりする程の霊圧が突風の様に豪!と吹く。
僕は荷物から先祖伝来の数珠を取り出した。500年は使われている高野山の勤行用の数珠である。それに合わせて、森が数百匹のカラスが騒ぐ声で騒然とした。
友人は何事か理解出来ず「えっ? えっ?」と僕と森を交互に見ている。
騒然とする森から一羽のカラスが低く空を駆け、私の横の土塀に止まった。烏は真っ直ぐ私に視線を送り「カァ」と鳴いた。至近距離で怯えもしない小柄な烏に友人は小さく悲鳴を上げて後ずさった。
僕は愛想笑いを浮かべて、その烏に言った。
「お参りに参りました」
すると烏は頷くと飛び立ち、森へ戻った。森のざわめきはウソの様に収まった。
「なに? 一体、なに?」
「式だよ。都会の烏とは違うだろ? 小柄で嘘みたいに賢い」
友人は言葉を失い瞬きするばかりだった。