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(――勝った!)
そう思った。刀のみねで鳴神先生の切っ先を跳ね返し、突きに出る。 あろうことか! 鳴神先生は剣から左手を外し、僕に対してほぼ真横の体勢に入ると、右手一本で僕の首を薙ぎに来た。
全身を怖気が覆った。首が切られる。正式な剣道にはない技だ。一度外された剣先を無理矢理、左手に寄せて思い切って突進した。それしか術はなかった。
左の首筋に火箸を当てられるような痛みを覚えるのと、文字通り、鳴神先生を突き飛ばしたのは同時だった。僕の剣の切っ先は三センチほど、鳴神先生の左肩付け根に埋まった。
鳴神先生の体は勢いよくドウッと後ろに倒れ込んだ。僕は無意識に、大の字になった鳴神先生の胸に剣を刺そうとした。
その瞬間――
「止め! 勝負あった!」
鈴ちゃんのきりりとした声が道場に鳴り響いた。僕は人殺しにならずに済んだ。そう。僕は殺す気で反射的に動いていたのだ。
大の字になって倒れていた先生は、感情のない目で僕を見据えていたが、瞑目したと思った瞬間、「かかかかか!」と大声で笑い始めた。道着の左肩がみるみるうちに朱に染まっていく。
「負けた! 負けた! 三年ぶりに負けたぞ!」
そう笑って言いながら、鳴神先生は右手で僕の道着を掴むと、ぐいと引き寄せた。勢い、押し倒した形になる。
「ちょ、ちょっと――先生大丈夫ですか?」
「黙って汗の臭いをかがせろ」
そう言って鳴神先生は、くんくんと鼻を鳴らす。道場上座から血相を変えた鈴ちゃんが駆け寄って来る。
鈴ちゃんが駆け寄る前に、鳴神先生はぞわりとする笑みを浮かべ唇を舐めた。
「神崎。おまえ最高にセクシーだぞ。わたしの男にならないか?」
「ダメーーー!!」
鈴ちゃんは叫びをあげる。無理矢理に僕を鳴神先生から引き離す。
「――冗談だ。彩宮。狼狽えるな」
滅多に見れない、鈴ちゃんの乱れ振りに鳴神先生はいつもの先生の顔に戻った。つうか、呆れていた。
「とは言え、止血はしないとな。彩宮。神棚の横に救急箱がある持って来てくれないか?」
「はい」
と答えて、彩宮さんは救急箱を持って来た。そして僕を睨む。
「何してるの? 更衣室にでも行って来なさい」
「――いや、確認したいことがある」
僕の言葉に鈴ちゃんは無表情になる。怒ってる。無茶苦茶怒ってる。でも、引けない。
「――傷が見たいか? 神崎?」
「はい」
僕は真摯に頷いた。
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