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「――彩宮。私はかまわん。悋気を起こさず見せてやれ」
鳴神先生はそう言って上体を起こした。腹筋だけで。左手は今は使い物にならないようだ。鈴ちゃんは嘆息した。そんな鈴ちゃんに先生が言う。
「彩宮。すまんが手を貸してくれ。道着が脱げない」
彩宮さんは道着の左側を外して硬直した。そこには形の良いBカップの胸が露わになっていた。色が白くて乳首はピンク色で立っている。 思わず目を奪われた。だが、動揺すると能面のように表情が無くなるのが、僕の性癖だ。
『哲学者』などと揶揄される癖だが、これで結構助かっている。
色を成して慌てふためいたのは鈴ちゃんだ。
「か、神崎君! 目を瞑る! すぐ、出て行って!」
「いや、その。わたしは構わない。神崎ここに居て良いよ」
「なんでスポーツブラかさらしを巻かないんですか!」
「揺れもしない胸にそんな暑苦しいことが出来るか!」
――あ、鳴神先生逆ギレ。気に病んでいるんだろうな……
絆創膏をニプレス代わりにすることで話は落ち着いた。
オキシドールで彩宮さんが傷口を拭くと、微かに鳴神先生は顔をしかめた。
「神崎、見ろ。これがお前が付けた傷だ」
細長い鋭利な傷口は丁度脇の下にあり、軽傷と言えた。
僕の剣は左胸を狙っていたと言うのに……
「避けたんですね。あの状況で――。なら、この勝負僕の負けです」
僕は首筋のみみず腫れを見せた。
「真剣なら僕は絶命しています」
「それは違うわ」
鈴ちゃんと鳴神先生がはもる。
「例え重傷だろうとも、お前は私にとどめを刺しただろう。最後に立っているのが勝者だよ」
「そうね。それにこれは真剣勝負じゃない。貴方はみみず腫れで済んでいるけど、鳴神先生は病院送りよ。貴方が勝者が故の結果よ」
僕は納得がいかないまま、耳の後ろを掻く。
「彩宮、済まないが病院まで送ってくれ。左手が動かない」
「ええ、心得ています。TAXI呼びますね」
そして鳴神先生は優しげな女性の顔で僕を見た。
「神崎、卒業前にお前の『男』を見れて嬉しかった。礼を言う」なんと答えて良いのか分からず僕は無表情に先生を見つめ返す。
「今度、又、立ち会って貰えるか?」
「――二度と御免です!」
きっぱりと僕は答えた。その答えに鳴神先生は声を上げて笑った。
「今日の朝練の仕切りはまかせたぞ」
「はい」
鳴神先生は鈴ちゃんの肩を借りながら更衣室へ消えた。
「――ふぅ〜」
僕は大きく吐息を漏らし、道場に寝転がった。
ああ言うのを剣鬼と言うのだろう。
人としての一線を踏み越えてしまった人。
僕はまだ『人』として在る。
夏休み初めの怒濤のような一件がようやく片付いた気がした。
(了)
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☆登場人物の紹介 鳴神あさぎ 年齢・26歳。身長・167センチ。スリーサイズ・重要機密事項。知れば殺されるかも? 全日本剣道大会女子の部を十連覇と言う前人未踏の記録を打ち立てている。平成の女・沖田の異名を取り、男性でも敵わないのではないかと噂される人物。 独身である。 その激し過ぎる剣技から、サドと思われがちだが、実は男に尽くすタイプ。 しかし、恐れられて言い寄る男はいない。 妹は「黒い禊ぎ」の遙日である。遙日には男がいること、プロポーションにおいて劣等感を持っているが、遙日にとっては姉のあさぎは恐怖の代名詞である。 |
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